第3章 名詞

3.1 概観

高原語の名詞は、性・数・格の三つの範疇をもちます。この三つは、一つの語尾にまとめて表されます。たとえば virés「言葉の」の -és は、「軽性・単数・属格」を一度に表しており、性の部分と格の部分を切り分けることはできません。

範疇 区別
性 軽性(LT)・重性(HV)
数 単数・双数・複数
格 主格・対格・属格・与格(古い詩と系譜の唱えには呼格も残る)

3.2 性

3.2.1 軽性と重性

すべての名詞は、**軽性(LT)か重性(HV)**のどちらかに属します。軽性は「上へ行くもの」、重性は「下へ行くもの」です。息や煙は昇り、石や水は下る、という高原の人々の世界の見方が、そのまま文法の性になっています。

軽性(上へ行くもの) 重性(下へ行くもの)
人、鳥、獣 石、金属
息、魂、火、煙 泥、塩
音、言葉 地を流れる水(地上の水)
星、月 肉体・体の部分
雲、雨、雪、霜 霧
生えている木 硬木(生えていても重性)、魚
紙、版の木 土地、石段、瀬、源
座(aldár) 荷、干潟から借りた語

性は二つの場所に表れます。

  1. 名詞自身の語尾:軽性名詞と重性名詞では、格と数の語尾が違います(→ 3.4)。
  2. その名詞を受ける語の形:形容詞・分詞(→ 4.1)、指示詞(→ 4.4)、代名詞(→ 4.2)、動詞の3人称単数の語尾(軽性 -a、重性 -o。→ 第5章)。

áura selvá an ilánais.

読み:アウラ セルヴァー アン イラーナイス。

áur-aselváanilán-ais.
昇る-<(軽いものが)>息<主格>上手灯-<〜たちを>

「息は星々のもとへ昇る。」

dúlo gandér du dálor

読み:ドゥーロ ガンデール ドゥ ダーロル

dúl-ogandérdudálor
下る-<(重いものが)>硬木<主格>下手下の国<対格>

「硬木が下の国へ下りていく。」

3.2.2 性の割り当ての決まりと例外

na éso nébro fléura.

読み:ナ エーソ ネーブロ フレウラ。

naés-onébrofléura.
<〜ない>いる-<(重いものが)>霧<主格>雲

「霧は雲ではない。」

3.2.3 一致は「いまの状態」で決まる

名詞の語尾の性は、語ごとに決まっていて変わりません。いっぽう、その名詞を受ける語の性は、名詞が指すものの「いまの状態」で決まります。

pélsa「脂の木」は、名詞としては軽性a語幹の語形です。ところが伐られて材木や荷札になると、それを受ける分詞・動詞は重性の形になります。根を断たれた木は、もう昇らないものだからです。名詞の語尾は軽性のまま、まわりの語だけが重性に変わるので、語尾が「ちぐはぐ」に見える文になります。

lísa lisár virán pélsei kélenoi

読み:リーサ リサール ヴィラーン ペルセイ ケーレノイ

lís-alis-árvir-ánpéls-eikél-en-oi
書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>言葉-<対格>脂の木-<与格>伐る-<〜した・〜された>-<重性・与格>

「書記は伐った脂の木(の札)に字を書く。」

éso pélsa kélen némei.

読み:エーソ ペルサ ケーレン ネーメイ。

és-opélsakél-enném-ei.
いる-<(重いものが)>脂の木の材・荷札<主格>伐る-<〜した・〜された><私>-<与格>

「私には荷札(伐った脂の木の札)がある。」

一つめの例では、名詞 péls-ei は軽性の与格 -ei のままですが、分詞 kél-en-oi は重性の与格 -oi で一致しています。二つめの例では、動詞 és-o が重性の -o をとっています。

伐っている最中の木は、話し手による。 名詞の形は伐っても軽性のままなので、目的語にはいつも軽性の対格 -an がつきます(kéla kelár pélsan「樵が脂の木を伐る」)。どの時点で一致を重性に切り替えるかは、話し手が決めます。

話し手 重性に切り替える時 見方
樵・森の司 斧を入れた時 木が「下へ行く務め」を始めた
都の人・詩人 倒れて根が断たれた時 それまでは生きた木
森の巫 伐り出しの詞を唱え終えた時 詞が木を送り出す

どこで切り替えるかで、その人が森をどう見ているかがわかります。

枯れた木も、伐った木と同じく重性で受ける話し手が多いです(þróumo árnel「木が枯れた」)。

3.2.4 性の転用

名詞の語形の性は変わりませんが、まわりの語(形容詞・分詞・指示詞・動詞・代名詞)が、名詞の指すもののいまの状態や場面に合わせて、もう一方の性で一致することがあります。これを性の転用と呼びます。名詞そのものの語尾は、どの場合も元の性のままです。伐った脂の木を指しても対格は pélsan、祀りの茶を指しても対格は þovríl(重性なので主格と同形)です。

種類 例 転用の向き
状態による 伐った木・枯れた木(脂の木 pélsa、柱の木 lóna) 軽 → 重
場面による 祀りで祖先に供える茶(þovríl) 重 → 軽
話し手による 伐っている最中の木(どこで切り替えるか)、森 dravéna(森の民は軽、都の人は重) 人による
わざと 人を重性で受ける侮辱、干潟の人を「泥の者」と呼ぶ陰口 軽 → 重

3.2.5 一致の階層

転用は、名詞から遠い語ほど起こりやすくなります。

形容詞・分詞 < 指示詞 < 動詞 < 代名詞

3.2.6 人を重性で受けること

人を重性の一致で受けるのは強い侮辱です。 人は息(魂)をもち、上へ昇るものだからです。人を重性で受けると、「泥の者」「重い者」として扱うことになります。人を重性の語形・一致・代名詞で指すこの行いを、gromvír-「重と言い立てる」(gróm「重い」+vír-「言う」)と呼びます。宮廷の礼法では避けられ、仕返しや法的な非難の言葉として口にされます。

tóro dalorár tó es orénos.

読み:トーロ ダロラール トー エス オレーノス。

tór-odalorártóesorén-os.
来る-<(重いものが)>泥の者<主格>あの<重性>から縁-<属格>

「あの泥の者が縁から上がってくるぞ。」

éso dalorár só gróm.

読み:エーソ ダロラール ソー グローン。

és-odalorársógróm.
いる-<(重いものが)>泥の者<主格>この<重性>重い

「この泥の者は重い(粗野な奴だ)。」

tóro ó es dáloros.

読み:トーロ オー エス ダーロロス。

tór-oóesdálor-os.
来る-<(重いものが)>あいつ<主格>から下の国-<属格>

「あいつ、下の国から来やがった。」

3.2.7 性の違う名詞を並べたとき

「AとB」(A si B)のように性の違う名詞を並べたとき、動詞は双数・複数とも性を区別しないので問題になりません(→ 第6章)。形容詞・分詞・指示詞・代名詞は、次のように合わせます。

ésau éndra si fáron káilau.

読み:エーサウ エンドラ シ ファーロン カイラウ。

és-auéndrasifáronkáil-au.
いる-<双数>人<主格>と荷<主格>乾いた-<双数>

「人と荷は乾いている。」

3.2.8 死者の性

人の死は、魂(息)が昇り、体が地に残ることとされます。そのため、同じ人の死でも、何を指すかで性が分かれます。

áursa ólmar némes sórel.

読み:アウルサ オルマル ネーメス ソーレル。

áurs-aólmarném-essórel.
お昇りになる<〜し終えた>-<(軽いものが)>年長者<主格><私>-<属格>今日

「私どもの年長者が、今日お昇りになりました。」

wéinsa ólmar ilánan.

読み:ウェーンサ オルマル イラーナン。

wéins-aólmarilán-an.
なる<〜し終えた>-<(軽いものが)>年長者<主格>灯-<対格>

「年長の方は星になった。」

3.3 格

3.3.1 四つの格

格は主格・対格・属格・与格の四つで、古い詩と系譜の唱えにだけ呼格が残ります。前置詞と組むと、同じ格が方向や位置の意味をもちます(→ 4.5)。

格 単独での働き 前置詞と組んだとき
主格 主語。述語の名詞 —
対格 直接目的語。道のりの対格(→ 3.3.3)。「〜になる」の行き着く先 〜へ(an ~「上手へ」、du ~「下手へ」)
属格 〜の(名詞の後ろに置く)。分詞の後ろでは「〜によって」。百・千・量の名詞が数えるもの 〜から(an ~「上手から」、es ~「方向を問わず〜から」)
与格 〜に(受け手)、〜で(場所)、所有の文の持ち主 〜で(an ~「上手で」、or ~「日の出側で」)
呼格 古い詩と系譜を唱えるときだけの呼びかけ —

lísa lisár sáindaran senárei.

読み:リーサ リサール サインダラン セナーレイ。

lís-alis-ársáindar-ansen-ár-ei.
書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>証文-<対格>見る-<〜する人>-<与格>

「書記が目付に証文を書く。」

mé vír sélvanan nébroi!

読み:メー ヴィール セルヴァナン ネーブロイ!

mévírsélvan-annébr-oi!
<禁止・願いの打ち消し>言う<命令法><あなたが>セルヴァン-<対格>霧-<与格>

「霧の中で、セルヴァンの名を呼ぶな。」

ké éso tambór tásei? na éso tambór némei.

読み:ケー エーソ タンボール ターセイ?ナ エーソ タンボール ネーメイ。

kéés-otambórtás-ei?naés-otambórném-ei.
<〜か>いる-<(重いものが)>雑穀<主格><あなた>-<与格><〜ない>いる-<(重いものが)>雑穀<主格><私>-<与格>

「「お前、雑穀はあるか?」「私には雑穀はない。」」

3.3.2 重性名詞の主格と対格

重性名詞は、主格と対格が同じ形です(gandér, fáron, dálor, nébro)。そのため、文の中での役割は語順で決まります。ふつうの文では、動詞のすぐ後ろが主語、その次が目的語です(→ 第6章)。

dulíþan kelárai slúun báronur gandérur

読み:ドゥリーサン ケラーライ スルーン バーロヌル ガンデールル

dul-íþ-ankel-ár-aislúunbáron-urgandér-ur
下る-<〜させる>-<彼らが>伐る-<〜する人>-<〜たちが>千本-<〜らの>硬木-<〜らの>

「樵たちが硬木千本を下ろす。」

lúin áuran ombára ilánai, dulíþan kelárai gandér.

読み:ルーイン アウラン オンバーラ イラーナイ、ドゥリーサン ケラーライ ガンデール。

lúináur-anombárailán-ai,dul-íþ-ankel-ár-aigandér.
とき昇る-<彼らが>十灯-<〜たちが>下る-<〜させる>-<彼らが>伐る-<〜する人>-<〜たちが>硬木<対格>

「十の灯が昇ると、樵たちは硬木を下ろす。」

重性名詞の目的語を動詞の前に出すときや、重性名詞どうしの文の読み方は、第6章で扱います。疑問詞 pó「何」だけは、目的語を尋ねるための対格 pón をもちます(→ 4.3)。

3.3.3 道のりの対格

対格は、動きの動詞と組んで「どれだけの道のりを動いたか」を表します。これを道のりの対格と呼びます。dúl-「下る」は自動詞ですが、この対格はとれます(dúlen téir þrénul「三段下りた」)。身分の段や世代の瀬を言う決まった言い方は、この対格で作ります(→ 3.7.7)。

3.3.4 呼格

呼格は、古い詩と、系譜を唱えるときにしか残っていません。語尾は、軽性が -e、重性が -o です。

fóndaro ráimaros, léunim þeláis aursárar.

読み:フォンダロ ライマロス、レウニン セライス アウルサーラル。

fóndar-oráimar-os,léun-imþel-áisaursár-ar.
源-<〜よ>ライマル-<属格>申す-<私が>名前-<〜たちを>祖先-<〜らの>

「ライマルの源よ、祖先たちの名を申し上げます。」

fóndaro ráimaros!「ライマルの源よ」は、源(重性)の呼格に、ライマル(重性)の属格を添えた形です。日常では呼格を使わず、役職名か指示詞を文頭か文末に読点で区切って添えます(→ 4.7.4)(…, ausenár.「…、目付殿」)。名を呼べない場面では、指示詞 té だけで「そこの方」と呼びかけます(→ 4.4.4)。

3.4 曲用の型

3.4.1 四つの型

名詞は、語尾の形によって四つの型に分かれます。

①軽性a語幹 virá「言葉」 ②軽性子音語幹 aldár「座」 ③重性子音語幹 gandér「硬木」 ④重性o語幹 nébro「霧」
単 主 virá aldár gandér nébro
単 対 virán aldáran gandér nébro
単 属 virés aldáres gandéros nébros
単 与 viréi aldárei gandéroi nébroi
双 主対 viráu aldárau gandérou nébrou
双 属与 viráun aldáraun gandéroun nébroun
複 主 virái aldárai gandérul nébrul
複 対 viráis aldárais gandérul nébrul
複 属 virár aldárar gandérur nébrur
複 与 viráil aldárail gandéruls nébruls

呼格の語尾は、軽性が -e、重性が -o です(→ 3.3.4)。干潟から借りた sélu「泥の千」だけは、四つの型のどれにも入りません(→ 3.7.8)。

語尾だけを抜き出すと、次のようになります。①は語尾に強勢のある語(virá)の形で示しました。

①軽性a語幹 ②軽性子音語幹 ③重性子音語幹 ④重性o語幹
単 主 -á (なし) (なし) -o
単 対 -án -an (なし) -o
単 属 -és -es -os -os
単 与 -éi -ei -oi -oi
双 主対 -áu -au -ou -ou
双 属与 -áun -aun -oun -oun
複 主 -ái -ai -ul -ul
複 対 -áis -ais -ul -ul
複 属 -ár -ar -ur -ur
複 与 -áil -ail -uls -uls

3.4.2 ①軽性a語幹

語根(vir-)に、語尾 -á・-án・-és … がつく型です。言葉、息、灯(星)、紙、生えている木などがこの型に属します。

強勢が語尾にあるか、語根にあるかは語ごとに決まっています。

語根に強勢のある語では、語尾はすべて無強勢になります。

単数 双数 複数
主 ilána ilánau(主対) ilánai
対 ilánan 〃 ilánais
属 ilánes ilánaun(属与) ilánar
与 ilánei 〃 ilánail

指小の -íña で作った語も、この型で変化します(viríña「小句」、双数 viríñau)。

léunim dáu viríñau.

読み:レウニン ダウ ヴィリーニャウ。

léun-imdáuvir-íñ-au.
申す-<私が>二言葉-<小さな・拙い>-<双数>

「拙い句を二つ、申し上げます。」

疑問代名詞 pá「誰」も、この型で変化します(pá/pán/pés/péi。→ 4.3)。

3.4.3 ②軽性子音語幹

もともと母音の語尾をもたない軽性の語です(aldár「座」、sílar「月」、sáindar「証文」)。主格に語尾がなく、対格に -an がつきます。

この型には、次の語も入ります。

-ár・-ím の語が②型に入った経緯は、3.5.2 で述べます。

3.4.4 ③重性子音語幹

古い主格の語尾 *-a が落ちた重性の語です(*gandéra → gandér)。

mé duliþésa fáron es orénos.

読み:メー ドゥリセーサ ファーロン エス オレーノス。

médul-iþ-és-afáronesorén-os.
<禁止・願いの打ち消し>下る-<〜させる>-<〜すべし>-<(軽いものが)>荷<対格>から縁-<属格>

「縁から荷を落とさぬこと。」

3.4.5 ④重性o語幹

重性の古い接辞 *-o-(→ 3.5.1)が、語幹の末尾として残った語です。③型と同じ語尾をとり、違うのは主格と対格に -o が見えている点だけです。

語尾に強勢のある④型。 派生の -ó で作った語(duló「滝」、vandó「分銅」、leimó「遺体」)では、強勢がいつも語尾にあり、どの格でも語尾の母音に強勢を置きます(-ándo・-íño の語は強勢が á・í にあり、語末の o は無強勢なので、nébro と同じく senándul・moníñul となります)。複数は -úl・-úr・-úls です。

単数 双数 複数
主 duló dulóu(主対) dulúl
対 duló 〃 dulúl
属 dulós dulóun(属与) dulúr
与 dulói 〃 dulúls

流音の前の o → u は、もとは強勢のない o にだけ起こった音の変化です(→ 1.8.1)。しかし、その結果できた -ul・-ur・-uls が重性の複数の語尾として固まったため、強勢のある語尾にも類推で広がりました。*dulól のような形は使われません。強勢は語尾に残るので、dulúl と書きます。

語根に強勢(nébro) 語尾に強勢(duló)
単 属 nébros dulós
単 与 nébroi dulói
複 主対 nébrul dulúl
複 属 nébrur dulúr
複 与 nébruls dulúls

toríro nébro es orénos, na senéimor ilánais.

読み:トリーロ ネーブロ エス オレーノス、ナ セネーモル イラーナイス。

tor-ír-onébroesorén-os,nasen-é-imorilán-ais.
来る-<もし〜なら>-<(重いものが)>霧<主格>から縁-<属格><〜ない>見る-<〜だろう>-<我々が>灯-<〜たちを>

「縁から霧が上がってくれば、我々には星が見えなくなるだろう。」

gélim un kórvo.

読み:ゲーリン ウン コルヴォ。

gél-imunkórvo.
行く-<私が>内に倉<対格>

「私は倉の中へ行く。」

tóra éndra un kórvos.

読み:トーラ エンドラ ウン コルヴォス。

tór-aéndraunkórv-os.
来る-<(軽いものが)>人<主格>内に倉-<属格>

「人が倉の中から来る。」

3.4.6 語幹と語尾の切れ目

例文の逐語訳(語を形態素に切って、その下に意味を添えた段)では、語幹と語尾をハイフンで切ります。いちばん上に示す本文は切らずに書きます。①型と④型では、主格に見えている語末の母音(a・o)を語幹に含めず、格の語尾の側に入れて切ります。

型 主格(切らない) ほかの格の切り方 語幹
①軽性a語幹 virá、ilána、pélsa vir-án、vir-és、ilán-es、ilán-ais、péls-ei vir-、ilán-、péls-
④重性o語幹 nébro、kórvo、séndo nébr-oi、nébr-os、kórv-oi、kórv-os、sénd-oi nébr-、kórv-、sénd-
②軽性子音語幹 aldár、sélvan aldár-an、sélvan-es aldár-、sélvan-
③重性子音語幹 gandér、fáron gandér-os、fáron-ul gandér-、fáron-

3.4.7 重性の複数の u と語末の -s

sán fáronul grómul ín an kórvoi.

読み:サーン ファーロヌル グロームル イーン アン コルヴォイ。

sánfáron-ulgróm-ulínankórv-oi.
いる<彼らが>荷-<〜たちが>重い-<〜たちが>一上手倉-<与格>

「倉の北側に、重い荷がいくつかある。」

3.5 型の成り立ち

3.5.1 重性の古い接辞 *-o-

古高原語の重性名詞は、格や数の語尾の前に、性を示す接辞 *-o- を挟みました。この *-o- は、動詞の3人称単数・重性の語尾 -o(líso, dúlo)や、重性の代名詞 ó と同じ源です。もとは「あの重いもの」を指す古い指示語だったと考えられています。

主格の古い語末母音(*gandéra の -a)は語幹の飾りにすぎず、ほかの格では *-o- に置きかわっていました。

古い形 今の形 変化
*gandéra(主・対) gandér 古い脱落で語末の a が落ちた(→ 3.5.2)
*gandér-o-s(属) gandéros そのまま
*gandér-o-au(双数) gandérou o と au が融け合った
*gandér-o-l(複数) gandérul 語末の流音の前で、強勢のない o が u に上がった

④型の nébro は、この *-o- が主格にまで広がって、語幹の末尾として残った語です。

3.5.2 古い語末母音の脱落と型の分かれ方

高原語には、語末の母音が落ちる変化が二度ありました(→ 1.9.2・1.10)。古いほうの脱落(約九百〜五百年前)の条件は、「強勢のある音節のすぐ後ろで、r・l・n・m のどれか一つに続く、強勢のない短い語末母音」です。

ilána・plána・lóna はこの条件に当てはまるのに母音が残り、*gandéra は gandér になりました。分かれ目は、その母音が同じ活用表のほかの形にも出てくるかどうかです。

型 古い形 ほかの格での母音 結果
①a語幹 *ilána ilán-a-n、ilán-a-i、ilán-a-u、ilán-a-r …… と、ほぼすべての形に a がある 主格の -a も同じ語幹の母音として、類推ですぐ復元された(動詞の語尾の復元と同じしくみ)→ ilána, plána, lóna
③重性 *gandéra 主格・対格にしか -a がなく、ほかの格は *-o-(*gandér-o-s) 支えがなく、消えた → gandér
②軽性子音語幹 *aldár もともと母音語尾がない 脱落とは関係がない → aldár
派生語 -ár・-ím *lisára、*lisíma 古くは主格・対格だけに -a をもち、ほかの格では語尾を直接つけた(*lisár-es)。重性と同じ型 消えた → lisár, lisím
数詞 *lími、*ombára 数詞は格変化しないので、支えがない 消えた → lím「五」、ombár「十」

3.5.3 今の脱落

くだけた話し方(とくに崖道の言葉)では、強勢のない語末の母音が、屈折語尾でも落ちます。名詞では ilána → ilán、aldána(動詞)→ aldán のようになります。宮廷語では起こらず、綴りにも書きません。この本の見出しと例文は、都の改まった形で示します(→ 1.10)。

3.6 数

3.6.1 三つの数

数は単数・双数・複数の三つです。

数 使う場面
単数 一つのもの。数えない水・塩・乳など
双数 二つのもの、ひと組のもの(二つの月、両目、両手、夫婦、ひと組の綱)
複数 三つ以上のもの。数を問わない総称(ilánai「星というもの」)

3.6.2 双数

áurau dáu sílarau

読み:アウラウ ダウ シーララウ

áur-audáusílar-au
昇る-<双数>二月-<双数>

「二つの月が昇る。」

dúlau dáu faronárau du orén.

読み:ドゥーラウ ダウ ファロナーラウ ドゥ オレーン。

dúl-audáufaron-ár-auduorén.
下る-<双数>二荷-<〜する人>-<双数>下手縁<対格>

「二人の運び人が縁へ下りていく。」

lísa lisár sáindaran véiranaun.

読み:リーサ リサール サインダラン ヴェーラナウン。

lís-alis-ársáindar-anvéiran-aun.
書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>証文-<対格>夫婦-<双数の〜の・〜に>

「書記が、その夫婦に証文を書く。」

前置詞の後ろの双数。 双数の属格と与格は同じ形なので、前置詞の後ろでは「〜で」(与格)か「〜から」(属格)かが決まりません。そこで、an・du・or・vel・un・sal の後ろでは、都の言葉でも双数のかわりに複数の形を使います。

éso nébro an sílarail.

読み:エーソ ネーブロ アン シーラライル。

és-onébroansílar-ail.
いる-<(重いものが)>霧<主格>上手月-<〜らに>

「二つの月の上手(北側)に霧がある。」

tóra éndra es sílaraun.

読み:トーラ エンドラ エス シーララウン。

tór-aéndraessílar-aun.
来る-<(軽いものが)>人<主格>から月-<双数の〜の・〜に>

「人が二つの月のほうから来る。」

高めた持ち物の双数。 目上の人そのものは数えられませんが(→ 3.7.6)、高めた持ち物には双数を使えます(aumárou「御両手」)。数えられているのは人ではないうえ、双数は「そろったひと組」を表す美しい形とされるからです。

3.6.3 崖道の双数

崖道や縁のくだけた言葉では、双数が衰え、半分だけ残っています。

áurau sílarau an ilánais.

読み:アウラウ シーララウ アン イラーナイス。

áur-ausílar-auanilán-ais.
昇る-<双数>月-<双数>上手灯-<〜たちを>

「二つの月が、星々のほうへ昇る。」

áuran sílarau an ilánais.

読み:アウラン シーララウ アン イラーナイス。

áur-ansílar-auanilán-ais.
昇る-<彼らが>月-<双数>上手灯-<〜たちを>

「二つの月が、星々のほうへ昇る。」

一つめが都の言葉、二つめが崖道の言葉です。崖道では動詞を人称ごとの複数形(-imor・-ers・-an)で受けるので、動詞から人称がわかり、双数の代名詞 dáun を省けます(gélimor du orén.「我ら(二人)は縁へ行く」)。都では双数の動詞が人称を区別しないので dáun を省けません。くだけた崖道の言葉のほうが動詞の情報が多い、という逆転が起きています(→ 4.2.3)。

3.6.4 母音交替の複数

一音節の重性名詞のうち、少数の古い語は、語根の母音を変えて複数の主格・対格を作ります(u・o → ü)。そのほかの複数の格は、母音を変えた語幹に規則どおりの語尾をつけます。

単数 複数 主・対 複数 属 複数 与
dún「丘」 dǘn dǘnur dǘnuls
món「石」 mǘn mǘnur mǘnuls
kúr「谷」 kǘr kǘrur kǘruls
búl「根」 bǘl bǘlur bǘluls

単数と双数は規則どおりです(dúnoi「丘に」、mónoun「二つの石に」)。この ü は、古い *u の前寄り化と、*o > ö の合流でできた母音です(→ 1.9.1)。

vóloi, dunþréman dǘn.

読み:ヴォーロイ、ドゥンスレーマン デューン。

vól-oi,dunþrém-andǘn.
地面-<与格>腫れる-<彼らが>丘<〜ら(古い母音交替)><主格>

「地面に、丘々が盛り上がっている。」

3.6.5 総称の複数と、ひとまとまりの複数

3.7 数詞と量の名詞

3.7.1 数詞

数は十進法で数えます。

数 数詞 数 数詞
1 ín 10 ombár
2 dáu 11 ombár ín
3 téir 12 ombár dáu
4 fáir 19 ombár réum
5 lím 20 dáumbar(不規則)
6 sóur 23 dáumbar téir
7 nél 30 téirombar
8 ánþa 35 téirombar lím
9 réum 40 fáirombar
100 sénþar
300 téir sénþarul
1000 slúun
10000 slúumbar

3.7.2 数詞と名詞の数

数詞 名詞の数 例
ín「一」 単数 ín báron「一本」
dáu「二」 双数 dáu sílarau「二つの月」
téir「三」〜九十九 複数 téir gandérul「硬木三本」

kélan kelárai téir gandérul.

読み:ケーラン ケラーライ テール ガンデールル。

kél-ankel-ár-aitéirgandér-ul.
伐る-<彼らが>伐る-<〜する人>-<〜たちが>三硬木-<〜たちを>

「樵たちが硬木を三本伐る。」

dúlan dáumbar fáronul du orén.

読み:ドゥーラン ダウンバル ファーロヌル ドゥ オレーン。

dúl-andáumbarfáron-ulduorén.
下る-<彼らが>二十荷-<〜たちが>下手縁<対格>

「二十の荷が縁へ下りていく。」

sénim fáir kelárais.

読み:セーニン ファイル ケラーライス。

sén-imfáirkel-ár-ais.
見る-<私が>四伐る-<〜する人>-<〜たちを>

「樵が四人見える。」

éso ín fáron gróm ín an kórvoi.

読み:エーソ イーン ファーロン グローン イーン アン コルヴォイ。

és-oínfárongrómínankórv-oi.
いる-<(重いものが)>一荷<主格>重い一上手倉-<与格>

「倉の北側に、重い荷が一つある。」

3.7.3 百・千・万

sénþar「百」、slúun「千」、slúumbar「一万」は名詞として働き、数えるものを複数属格でとります。

lísan lisárai slúumbar lénar sáindarar.

読み:リーサン リサーライ スルーンバル レーナル サインダラル。

lís-anlis-ár-aislúumbarlén-arsáindar-ar.
書く-<彼らが>書く-<〜する人>-<〜たちが>一万枚-<〜らの>証文-<〜らの>

「書記たちは証文を一万枚書く。」

áuran slúun sílarar, na tóra lisár.

読み:アウラン スルーン シーララル、ナ トーラ リサール。

áur-anslúunsílar-ar,natór-alis-ár.
昇る-<彼らが>数えきれぬ月-<〜らの><〜ない>来る-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>

「数えきれぬほど月が昇ったが、書記は来ない。」

3.7.4 量の名詞

木・紙・巻物・家畜・世帯などを数えるときは、量の名詞を使います。

量の名詞 性 数えるもの
báron「本」 重 木、丸太、杭
lén「枚」 軽 紙などの薄いもの(紙は言葉を載せて昇るので軽性)
rólan「巻」 軽 書物、巻物(年代記、王統の巻、詩集)
kéul「頭」 軽 家畜(毛山羊など)。人には決して使わない
hóum「炉」 重 世帯。人そのものを数えないために、炉を数える
言い方 量の名詞なし báron「本」あり
硬木三本 téir gandérul téir báronul gandérur
硬木百本 sénþar gandérur sénþar báronur gandérur
硬木千本 slúun gandérur slúun báronur gandérur

lísa lisár ánþa rólanais sóndelar.

読み:リーサ リサール アンサ ローラナイス ソンデラル。

lís-alis-áránþarólan-aissóndel-ar.
書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>八巻-<〜たちを>書物-<〜らの>

「書記は書物を八巻書き写す。」

lísim dáu lénau sáindarar.

読み:リーシン ダウ レーナウ サインダラル。

lís-imdáulén-ausáindar-ar.
書く-<私が>二枚-<双数>証文-<〜らの>

「証文を二枚書く。」

rímba brándal réum hóumul.

読み:リンバ ブランダル レウン ホームル。

rímb-abrándalréumhóum-ul.
数える-<(軽いものが)>司<主格>九炉-<〜たちを>

「司は九つの炉を数える。」

このほか、次のような語も、数詞を受けて数えるものを複数属格でとります。

度量衡の体系については第10章で扱います。

3.7.5 数を尋ねる語、不定の数

pómbar báronul dulíþan kelárai du dálor?

読み:ポンバル バーロヌル ドゥリーサン ケラーライ ドゥ ダーロル?

pómbarbáron-uldul-íþ-ankel-ár-aidudálor?
いくつ本-<〜たちを>下る-<〜させる>-<彼らが>伐る-<〜する人>-<〜たちが>下手下の国<対格>

「樵たちは下の国へ何本下ろすのか。」

vándim pómbarin fáronul.

読み:ヴァンディン ポンバリン ファーロヌル。

vánd-impómbarinfáron-ul.
量る-<私が>いくつか荷-<〜たちを>

「荷をいくつか量る。」

3.7.6 数えてはいけないもの

数詞と双数をつけられないものが二つあります。目上の人を数えること、星を数えることは禁忌とされ、それが文法にも入りこんでいます。

(1) 目上の人を指す高め名詞

(2) 星(ilána)

3.7.7 序数の代わりに「下りた」で言う

序数はほとんど発達していません。身分の段も世代の瀬も、分詞 dúlen「下りた」+数詞+名詞の複数対格で言います。この対格は道のりの対格(→ 3.3.3)です。

分詞 dúlen は、その人を指す名詞の性・数・格に一致します(→ 4.1)。

ésa lisár sé dúlen fáir þrénul.

読み:エーサ リサール セー ドゥーレン ファイル スレーヌル。

és-alis-ársédúl-enfáirþrén-ul.
いる-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>この<軽性>下る-<〜した・〜された>四段-<〜たちを>

「この書記は四段下りの者だ。」

pómbar þrénul dúles?

読み:ポンバル スレーヌル ドゥーレス?

pómbarþrén-uldúl-es?
いくつ段-<〜たちを>下る-<あなたが>

「お前は何段下りの者だ。」

段と瀬は語が違うので(þrén「段」、lóur「瀬」)、どちらが身分でどちらが世代かがすぐにわかります。

3.7.8 古い数詞の形と、干潟の千

vírim sélu lénar sáindarar, na vírim slúun.

読み:ヴィーリン セール レーナル サインダラル、ナ ヴィーリン スルーン。

vír-imsélulén-arsáindar-ar,navír-imslúun.
言う-<私が>泥の千枚-<〜らの>証文-<〜らの><〜ない>言う-<私が>千

「私が言っているのは泥の千枚の証文だ。陸の千ではない。」

sélu の曲用。 sélu は子音語幹でも o語幹でもない、無強勢の -u で終わる語です。借用語なので高原の型には入りませんが、次のように変化します。

3.8 人名

3.8.1 名と家名

ふだん人を言い表すのは、**名(成名)と家名(流名)**の二つです。

名(成名) 家名(流名)
何の名か 成人の儀でつける、おとなの名 家系の源(始祖)の名
性 軽性(名はその人の息の形とされる) 重性(源は泉で、重性)
例 sélvan, sílan, viréla, silára ráimar, gléinar

「人は昇り、家は流れ下る」と言われます。

3.8.2 フルネーム

ふつうのフルネームは、名のあとに家名を属格で置きます。sélvan ráimaros は「ライマル(の流れ)のセルヴァン」です。名は軽性、家名は重性の属格 -os になります。

tóra sélvan ráimaros es dáloros.

読み:トーラ セルヴァン ライマロス エス ダーロロス。

tór-asélvanráimar-osesdálor-os.
来る-<(軽いものが)>セルヴァン<主格>ライマル-<属格>から下の国-<属格>

「ライマル家のセルヴァンが下の国から来た。」

名は人なので動詞は軽性の -a で受けます。名を目的語にすると、軽性の対格 -an がつきます。

pán þéles? þélim sélvanan.

読み:パーン セーレス?セーリン セルヴァナン。

pánþél-es?þél-imsélvan-an.
誰<対格>名乗る-<あなたが>名乗る-<私が>セルヴァン-<対格>

「「何と名乗る?」「セルヴァンと名乗る。」」

3.8.3 改まった名乗り

改まった場では、名を対格にして、謙譲の duþél-「名乗らせていただく」で受けます。そのあとに、家名(源)・源からの世代の数(瀬)・身分(段)を一息に添えます。添えるものが長いほど誇らしい名乗りになります。

duþélim sélvanan, an fóndaros ráimaros dúlenan dáumbar téir lóurul, dúlenan fáir þrénul

読み:ドゥセーリン セルヴァナン、アン フォンダロス ライマロス ドゥーレナン ダウンバル テール ロールル、ドゥーレナン ファイル スレーヌル

du-þél-imsélvan-an,anfóndar-osráimar-osdúl-en-andáumbartéirlóur-ul,dúl-en-anfáirþrén-ul
<〜させていただく>-名乗る-<私が>セルヴァン-<対格>上手源-<属格>ライマル-<属格>下る-<〜した・〜された>-<軽性・対格>二十三瀬-<〜たちを>下る-<〜した・〜された>-<軽性・対格>四段-<〜たちを>

「ライマルの源から二十三瀬下りた、四段下りの者、セルヴァンと名乗らせていただきます。」

3.8.4 幼名

幼名は、名の語根に指小の -íña をつけた形が多いです(silíña「月っこ」、selvíña ← selvá「息」)。家族と、ごく親しい者だけが使います。目上の人が目下の人を幼名で呼ぶと、親しみにも、見下しにもなります。

3.8.5 名の一生と、口にしない名

人は一生のうちに何度か名前を変えます。

名 つける時 使い方
幼名 生まれたとき、家で 家族とごく親しい者だけ
成名(名) 成人の儀 おとなの名
流名(家名) 家系の名 改まった場で成名に添える
官名・座名 役職や宮廷の位につくとき 改まった場ではこれで呼ぶ(→ 4.7)
昇名 亡くなって一年が過ぎ、系譜に書き入れるとき 高める語形を添えて口にする

次の名は口にしません。かわりに、座名・役職・住む場所・昇名・指示の言い方を使います。書くことは息を使わないので、禁じられていません。

lúin éso nébro, mé vírir þeláis.

読み:ルーイン エーソ ネーブロ、メー ヴィーリル セライス。

lúinés-onébro,mévír-irþel-áis.
ときいる-<(重いものが)>霧<主格><禁止・願いの打ち消し>言う-<皆で〜せよ>名前-<〜たちを>

「霧が出ているときは、名を呼んではならぬ。」

3.8.6 外から来た者の名

高原語の語根から説明できない外来の名も、成名として扱います(híro「ヒロ」)。語の形が重性に見える名でも、人を指す限り、動詞は軽性で受けます。 人を重性で受けるのは侮辱になるからです(→ 3.2.6)。家名をもたない外の者は、フルネームの属格を添えられません。

名詞そのものの語尾は、語の形に従います(→ 3.2.3)。híro は語末が -o なので、④型(重性o語幹)として変化します。

格 形
主格・対格 híro
属格 híros
与格 híroi
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