第5章 動詞

高原語の文は動詞で始まります(→ 第6章)。その最初の一語に、文の性格を決める情報がまとめて詰めこまれています。

いっぽう、高原語の動詞には時制がありません。「いつのことか」は語形では表さず、文脈と時を表す語で決まります。この章では、動詞の組み立て、人称の語尾、六つの法、完了相、分詞と副動詞、否定、使役、命令法のむき出しの語幹、動詞にかかわる音の規則、不規則な動詞を順に扱います。

この本では、動詞を語根に - をつけて示します(lís-「書く」、dúl-「下る」)。動詞の語根は、どれも子音で終わります。

5.1 動詞の組み立て

5.1.1 語の並び

動詞は次の順に組み立てます。

(敬語の接頭辞)+ 語根 +(使役 -íþ-)+(法の接尾辞)+ 人称の語尾

位置 入るもの 節
敬語の接頭辞 au-(尊敬)、du-(謙譲) 5.10.6、第8章
語根 未完了の語根(lís-)か完了の語根(léis-) 5.4
使役 -íþ- 5.8
法の接尾辞 推量 -él-、願望 -énd-、当為 -és-、仮定 -ír-。直説法には接尾辞がない 5.3
人称の語尾 -im・-es・-a/-o・-au・-imor・-ers・-an 5.2

組み立ての例を挙げます。

法の接尾辞と人称の語尾は、つなぎ目で融合することがあります(liséim、lisénde、lisíre。→ 5.10.2・5.10.3)。そのため、高原語の話し手のほとんどは「法の接尾辞+人称の語尾」を一続きの語尾として覚えています。

5.1.2 時制がないこと

高原語の動詞には、時制を表す語形がありません。lísa は「書く」「書いた」「書いている」のどれにもなります。過去のことか、今のことか、これから先のことかは、文脈と時を表す語(anórel「昨日」、sórel「今日」、dórel「明日」)で決まります。

そのかわり、話し手がその事柄にどう向き合っているかを、六つの法で言い分けます(→ 5.3)。また、事柄がし終えたものかどうかを、相で言い分けます(→ 5.4)。確かでない未来のことは、推量法で言います。

動詞の語形の中に、法と人称・数・性がすべてまとまっているので、高原語は法を表す助動詞を使いません。「〜しなければならない」は当為法、「〜だろう」は推量法、「〜しますように」は願望法で言います。「〜できる」にあたる語尾はなく、副動詞と動詞を組み合わせて言います(→ 5.6.5)。

5.1.3 強勢

一語の主強勢は一つだけです。

動詞にかかわる強勢の規則は 5.10.1 にまとめます。強勢の位置だけで区別される形があるので、強勢は動詞の形を見分ける大事な手がかりです(lísau「二人が書く」/lisáu「二人で書け」)。

5.2 人称の語尾

5.2.1 語尾の表

単数 双数 複数
1人称 -im -au -imor
2人称 -es -au -ers
3人称 -a(軽性)/-o(重性) -au -an

lís-「書く」の直説法は次のとおりです。

単数 双数 複数
1人称 lísim「私が書く」 lísau lísimor「我々が書く」
2人称 líses「お前が書く」 lísau lísers「お前たちが書く」
3人称 lísa(軽)/líso(重) lísau lísan「彼らが書く」

ké líses sáindaran? lísim.

読み:ケー リーセス サインダラン?リーシン。

kélís-essáindar-an?lís-im.
<〜か>書く-<あなたが>証文-<対格>書く-<私が>

「「証文を書くか」「書く」」

gélimor du orén.

読み:ゲーリモル ドゥ オレーン。

gél-imorduorén.
行く-<我々が>下手縁<対格>

「我ら(二人)は縁へ行く。」

lúin áuran ombára ilánai, dulíþan kelárai gandér.

読み:ルーイン アウラン オンバーラ イラーナイ、ドゥリーサン ケラーライ ガンデール。

lúináur-anombárailán-ai,dul-íþ-ankel-ár-aigandér.
とき昇る-<彼らが>十灯-<〜たちが>下る-<〜させる>-<彼らが>伐る-<〜する人>-<〜たちが>硬木<対格>

「十の灯が昇ると、樵たちは硬木を下ろす。」

5.2.2 3人称単数の軽性と重性

3人称単数の動詞は、主語の性に合わせて語尾を変えます。主語が軽性の名詞なら -a、重性の名詞なら -o です(名詞の性 → 第3章)。

dúlo gandér du dálor

読み:ドゥーロ ガンデール ドゥ ダーロル

dúl-ogandérdudálor
下る-<(重いものが)>硬木<主格>下手下の国<対格>

「硬木が下の国へ下りていく。」

áura selvá an ilánais

読み:アウラ セルヴァー アン イラーナイス

áur-aselváanilán-ais
昇る-<(軽いものが)>息<主格>上手灯-<〜たちを>

「息は星々のもとへ昇る。」

軽性と重性は、高原の人々の「上へ行くもの/下へ行くもの」という見方をそのまま写しています。息・火・言葉・人・星は上へ昇る軽いもので、石・水・霧・硬木・荷は下へ行く重いものです。áura selvá「息が昇る」と dúlo gandér「硬木が下る」は、語尾の -a と -o の上でも、昇るものと下るものの組になっています。

-o の由来。 重性の語尾 -o は、重性の代名詞 ó「それ」、そして重性名詞の古い性の接辞 *-o-(*gandér-o-s → gandéros)と同じ源だと考えられています。もとは「あの重いもの」を指す古い指示語でした。

どの法でも -a/-o の区別があります。 推量法 liséla/lisélo、願望法 lisénde/liséndo、当為法 lisésa/liséso、仮定法 lisíre/lisíro のように、法が変わっても3人称単数では性を言い分けます。ただし願望法と仮定法では、軽性の語尾が -a ではなく -e になります(→ 5.10.3)。重性は、どの法でも -o のままです。

人はいつも軽性で受けます。 動詞は人を指す主語を軽性の -a で受けます。語の形が重性に見える外来の名でも、人を指すかぎり動詞は軽性です。人を重性の一致で受けるのは強い侮辱になります(干潟の人を「泥の者」と呼ぶ陰口など)。

一致する性は「いまの状態」で決まります。 名詞そのものの語尾は変わらなくても、それを受ける動詞が、名詞の指すもののいまの状態や場面に合わせて、もう一方の性の語尾をとることがあります(性の転用 → 第3章)。

当為法の一般の主語は軽性です。 当為法で主語を言わないときは「人は〜すべし」の意味になり、人を指すので軽性の形をとります(mé duliþésa fáron es orénos.「縁から荷を落とさぬこと」→ 5.3.7)。

所有の文では、持たれている物に一致します。 高原語には「持つ」という動詞がなく、「物が持ち主に(与格)ある」と言います。そのため動詞の性は、持ち主ではなく持たれている物で決まります(éso fáron némei「私には荷がある」。→ 第6章)。

ké éso tambór tásei? na éso tambór némei.

読み:ケー エーソ タンボール ターセイ?ナ エーソ タンボール ネーメイ。

kéés-otambórtás-ei?naés-otambórném-ei.
<〜か>いる-<(重いものが)>雑穀<主格><あなた>-<与格><〜ない>いる-<(重いものが)>雑穀<主格><私>-<与格>

「「お前、雑穀はあるか?」「私には雑穀はない。」」

人の死を言う動詞。 人の死は、魂(息)が昇ることとされます。そのため、亡くなった人は軽性のまま、「昇る」の完了 áurs-「昇りきった」で言います(áursa ólmar「年長の方が亡くなった」)。「死ぬ」þrúm- を人に使うと「魂が沈んだ」と言うことになり、強い罵りになります。

5.2.3 双数と複数

gélau némor dáun du orén.

読み:ゲーラウ ネーモル ダウン ドゥ オレーン。

gél-aunémordáunduorén.
行く-<双数><我々>二人下手縁<対格>

「我ら二人は縁へ行く。」

áurau dáu sílarau

読み:アウラウ ダウ シーララウ

áur-audáusílar-au
昇る-<双数>二月-<双数>

「二つの月が昇る。」

gélimor ném si sélvan si silára du orén.

読み:ゲーリモル ネーン シ セルヴァン シ シラーラ ドゥ オレーン。

gél-imornémsisélvansisiláraduorén.
行く-<我々が><私>とセルヴァン<主格>とシラーラ<主格>下手縁<対格>

「私とセルヴァンとシラーラは縁へ行く。」

gélers tás si sélvan si silára du orén.

読み:ゲーレルス タース シ セルヴァン シ シラーラ ドゥ オレーン。

gél-erstássisélvansisiláraduorén.
行く-<あなたがたが><あなた>とセルヴァン<主格>とシラーラ<主格>下手縁<対格>

「お前とセルヴァンとシラーラは縁へ行く。」

崖道の言葉の双数。 崖道や縁のくだけた言葉では、名詞は双数のまま、それを受ける動詞を複数にします。動詞は人称ごとの複数形(-imor・-ers・-an)になるので、動詞から人称がわかり、dáun を省けます。都の双数の動詞は人称を区別しないので、くだけた崖道の言葉のほうが、動詞の運ぶ情報が多いことになります。願望法でも同じで、崖道では -éndau のかわりに -éndimor・-énders・-éndan を使います。

áurau sílarau an ilánais.

読み:アウラウ シーララウ アン イラーナイス。

áur-ausílar-auanilán-ais.
昇る-<双数>月-<双数>上手灯-<〜たちを>

「二つの月が、星々のほうへ昇る。」

áuran sílarau an ilánais.

読み:アウラン シーララウ アン イラーナイス。

áur-ansílar-auanilán-ais.
昇る-<彼らが>月-<双数>上手灯-<〜たちを>

「二つの月が、星々のほうへ昇る。」

上が都の言葉、下が崖道の言葉です。

5.2.4 主語の省略

主語の人称と数は動詞の語尾でわかるので、主語の代名詞はふつう言いません(lísim「私が書く」)。わざわざ言うと「ほかでもない私が」という強調になります。双数の主語だけは、上に述べたとおり省けません。主語と目的語の枠の詳しい規則は第6章で扱います。

目的語は省かないのが原則です。 動詞は目的語に一致しないので、特定のものを指す目的語は、文脈でわかっていても代名詞(élan・ó)で置きます(→ 4.2.2)。目的語のない他動詞の文が許されるのは、次の場合だけです(→ 6.3.2)。

場合 例
目的語を特定しない使い方(「ものを言う」「数を数える」「ものを食べる」) mé vír térin!「そんなふうに言うな」、mé rimbéndes「(星を)数えてはいけませんよ」
問いの動詞を繰り返す答え ké líses sáindaran? ― lísim.「書くか」「書く」
同じ目的語を受けて文を並べるとき 二つめの文の目的語
目の前の物を指して言う命令・禁止 (きのこを指して)mé mán!「食べるな」

副動詞の句と主節は別の文として数えるので、副動詞の句で言った目的語を主節で受けるときも、代名詞を置きます(léisin sáindaran, méirim élan senárei.「証文を書き終えて、それを目付に渡す」)。

5.3 六つの法

5.3.1 概観

高原語の動詞は、次の六つの法を言い分けます。

法 印 強勢 否定 意味・使いどころ
直説法 なし 語根 na 言い切る。帳簿・年代記の地の文
推量法 -él- 接尾辞 na 「〜だろう」。確かでないこと、未来のこと、目上の人へのやわらかい問い
願望法 -énd- 接尾辞 mé 「〜しますように」。改まった場で命令の代わりに使う
命令法 2単は語幹のまま、2双 -áu、2複 -ir 2双だけ接尾辞 mé 「〜せよ」。下向きの話し方
当為法 -és- 接尾辞 mé 「〜すべし」「〜せぬこと」。法典・碑文・詞
仮定法 -ír- 接尾辞 na 「もし〜なら」。詩でも好まれる

六つの法は、否定の小辞によって二つに分かれます。事柄が成り立つかどうかを言う法(直説・推量・仮定)は na で、人に働きかける法(願望・命令・当為)は mé で否定します(→ 5.7)。

法の接尾辞は、どれも強勢をもち、語根の強勢を奪います(liséla、lisénde、lisésa、lisíre)。命令法の双数 -áu も強勢をもちます。直説法と、命令法の単数・複数では、強勢は語根に残ります。

5.3.2 lís-「書く」の活用表

直説 推量 -él- 願望 -énd- 当為 -és- 仮定 -ír-
1単 lísim liséim liséndim — lisírim
2単 líses liséles liséndes — lisíres
3単・軽 lísa liséla lisénde lisésa lisíre
3単・重 líso lisélo liséndo liséso lisíro
双数 lísau lisélau liséndau lisésau lisírau
1複 lísimor liséimor liséndimor — lisírimor
2複 lísers lisélers lisénders — lisírers
3複 lísan lisélan liséndan lisésan lisíran

命令法:2単 lís、2双 lisáu、2複 lísir。

太字にしたところが、規則から外れて見える形です。

5.3.3 直説法

直説法は、事柄を言い切る法です。法の接尾辞がなく、語根に人称の語尾が直接つきます。そのため、例文の逐語訳では直説法の印はなく、人称の語尾の呼び名だけがつきます(dúl-o 下る-<(重いものが)>)。

時制がないので、直説法は過去にも今にも使います。年代記は直説法の短い文を並べて書きます。

léisa lisár plánan

読み:レーサ リサール プラーナン

léis-alis-árplán-an
書く<〜し終えた>-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>帳簿-<対格>

「書記は帳簿を書き終えた。」

lísa lisár sáindaran senárei.

読み:リーサ リサール サインダラン セナーレイ。

lís-alis-ársáindar-ansen-ár-ei.
書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>証文-<対格>見る-<〜する人>-<与格>

「書記が目付に証文を書く。」

天気や霧のような確かでないことを直説法で言い切るのは、軽はずみとされます(→ 5.3.4)。

5.3.4 推量法 -él-

推量法は時制ではなく、確かさの形です。いつのことにも使います。

1人称の語尾 -im・-imor の前では、-él- の l が落ちて -é- になります(liséim、senéimor)。1人称の推量法は、「〜するだろう」のほか、自分のこれからの心づもり「〜しよう」も表します。

gloiréla aulisár es orénos

読み:グロイレーラ アウリサール エス オレーノス

gloir-él-aau-lis-áresorén-os
お越しになる-<〜だろう>-<(軽いものが)><お〜になる・御〜>-書く-<〜する人・主格>から縁-<属格>

「書記の方は縁からお越しになったのでしょうか。」

ké dúles sórel? na dúlim, duléim dórel.

読み:ケー ドゥーレス ソーレル?ナ ドゥーリン、ドゥレーン ドーレル。

kédúl-essórel?nadúl-im,dul-é-imdórel.
<〜か>南へ行く-<あなたが>今日<〜ない>南へ行く-<私が>南へ行く-<〜だろう>-<私が>明日

「「今日は下へ行くのか?」「いや、行かない。明日行くだろう。」」

ésa élvar þáil sórel, aurélau dáu sílarau.

読み:エーサ エルヴァル サイル ソーレル、アウレーラウ ダウ シーララウ。

és-aélvarþáilsórel,aur-él-audáusílar-au.
いる-<(軽いものが)>天<主格>澄んだ今日昇る-<〜だろう>-<双数>二月-<双数>

「今日は天が澄んでいる。二つの月も昇るだろう。」

完了の語根にもつきます。 leiséla は「書き終えているだろう・書き終えただろう」です(ké leiséla lisár plánan?「書記は帳簿を書き終えているだろうか」)。

ké と推量法。 同じ身分や目下の相手には、ké に推量法を組み合わせて「〜だろうか」とやわらかく尋ねられます(ké toréla réina?「雨は降るだろうか」)。目上の人には ké を使わず、推量法だけで尋ねます。

推量の問いへの答え方。 はい・いいえの問いには、動詞を繰り返して答えます(→ 第6章)。推量の形のまま返せば「そうだろう」という推し量りの答え、言い切りの形で返せば「そうだ」と請け合う答えになります。

5.3.5 願望法 -énd-

願望法は、願いを表す法です。改まった場では、命令の代わりに使います。

aulisénde aulisár sáindaran

読み:アウリセンデ アウリサール サインダラン

au-lis-énd-eau-lis-ársáindar-an
<お〜になる・御〜>-書く-<〜しますように>-<(軽いものが)><お〜になる・御〜>-書く-<〜する人・主格>証文-<対格>

「書記の方に、証文をお書きいただきたく存じます。」

seiméndo duléumo.

読み:セイメンド ドゥレウモ。

seim-énd-oduléumo.
静まる-<〜しますように>-<(重いものが)>下の風<主格>

「下の風が収まりますように。」

祝福と挨拶の決まり文句は、3人称の形をとります。 目の前の相手に向けた言葉でも、2人称の -es は使いません。ただし、3人称になる理由は二種類あります。

決まり文句でない、同じ身分の相手へのふだんの頼みごとでは、2人称を使います(seiréndes「待ってくれぬか」、senéndes「見てくれぬか」)。

aurénde selvá! an ilánais.

読み:アウレンデ セルヴァー!アン イラーナイス。

aur-énd-eselvá!anilán-ais.
昇る-<〜しますように>-<(軽いものが)>息<主格>上手灯-<〜たちを>

「「ごきげんよう(あなたの息が昇りますように)。」「星々へ。」」

目的の節。 ré「〜と」の後ろに願望法を置くと、「〜するように」という目的を表します。ここでの願望法は、丁寧さではなく「そうなってほしいこと」を表しています(→ 第7章)。

táulan faronárai drúmo ré noiréndan.

読み:タウラン ファロナーライ ドルーモ レー ノイレンダン。

tául-anfaronár-aidrúmorénoir-énd-an.
取る-<彼らが>運び人-<〜たちが>苔<対格><〜と(節)>眠る-<〜しますように>-<彼らが>

「運び人たちは、眠るために苔を集める。」

és- の願望法は規則どおり esénd- です(eséndo sáko némei「私に塩がありますように」)。és- の3人称複数の不規則な sán は直説法だけの形で、願望法では eséndan になります。

完了の語根にもつきます。 「〜し終えますように」「〜してしまえますように」の意味になります(leisénde「書き終えますように」、weiréndo sáko némei「塩が手に入りますように」)。強勢は -énd- に移り、語根の二重母音は強勢なしで残ります。

**ende「どうぞ・頼む」**は、願望法の3人称単数の語尾 -énde が独立した小辞として固まったものです(→ 5.11.4)。

5.3.6 命令法

命令法は、相手に「〜せよ」と命じる法です。2人称の形しかありません。

形 作り方 強勢
2単 lís 語根そのまま(むき出しの語幹) 語根
2双 lisáu 語根+-áu -áu
2複 lísir 語根+-ir 語根

lís þelán táses séndoi!

読み:リース セラーン ターセス センドイ!

lísþel-ántás-essénd-oi!
書く<命令法><あなたが>名前-<対格><あなた>-<属格>ここ-<与格>

「ここにお前の名を書け。」

duláu du sirnóra

読み:ドゥラウ ドゥ シルノーラ

dul-áudusirnóra
下る-<二人で〜せよ>下手シルノーラ<対格>

「二人でシルノーラへ降りていけ!」

vándir fáron an vélunei!

読み:ヴァンディル ファーロン アン ヴェールネイ!

vánd-irfáronanvélun-ei!
量る-<皆で〜せよ>荷<対格>上手日の入り-<与格>

「日が沈む前に荷を量れ。」

命令法は下向きの話し方の形です。 命令法を使えるのは、原則として相手が自分より下のときだけです。2人称(tás・társ と2人称の語尾)は、同じ身分か目下の相手に使います(→ 4.2.5)。同じ身分の相手には、命令法の代わりに願望法の2人称で頼み、目上の相手には願望法の3人称で頼みます(→ 第6章、第8章)。

sén, senéndes plánan sé.

読み:セーン、セネンデス プラーナン セー。

sén,sen-énd-esplán-ansé.
見る<命令法><あなたが>見る-<〜しますように>-<あなたが>帳簿-<対格>この<軽性>

「見ろ……いや、この帳簿を見てくれぬか。」

この例では、相手の身分を測りかねた話し手が、命令法の sén を言いかけて、願望法の2人称に言い直しています。

禁止は「mé+命令法」で言います。目上の人に「〜なさいませぬよう」と言うときは「mé+願望法」です(→ 5.7.1)。

むき出しの語幹と縁の市。 縁の市の取引言葉では、動詞をむき出しの語幹で言い、ende を添えて頼みます(ván fáron, ende.「荷を量ってくれ、頼む」)。市は身分の段に乗らない場なので、命令法と同じ形でも無礼にはなりません(→ 5.9.2、第10章)。

5.3.7 当為法 -és-

当為法は「〜すべし」「〜せぬこと」という定めを表す法です。法典・碑文・詞に使います。

mé duliþésa fáron es orénos

読み:メー ドゥリセーサ ファーロン エス オレーノス

médul-iþ-és-afáronesorén-os
<禁止・願いの打ち消し>下る-<〜させる>-<〜すべし>-<(軽いものが)>荷<対格>から縁-<属格>

「縁から荷を落とさぬこと。」

lisésa lisár nébro.

読み:リセーサ リサール ネーブロ。

lis-és-alis-árnébro.
記録する-<〜すべし>-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>霧<対格>

「書記は霧(の来た日)を記すべし。」

meirésan hóumul meiró aldárei áurenei.

読み:メイレーサン ホームル メイロー アルダーレイ アウレネイ。

meir-és-anhóum-ulmeiróaldár-eiáur-en-ei.
与える-<〜すべし>-<彼らが>世帯-<〜たちが>税<対格>座-<与格>昇る-<〜した・〜された>-<軽性・与格>

「世帯(炉)はそれぞれ、高き座に税を納めるべし。」

最初の例は度量衡の碑の一句です。強勢は当為法の -és- に移り、-íþ- の強勢は消えています(→ 5.8.2)。

5.3.8 仮定法 -ír-

仮定法は「もし〜なら」という仮定や条件を表す法です。条件の節には接続詞を使わず、動詞を仮定法にするだけで条件を表し、主節の前に置きます。帰結の節は推量法か直説法にします(→ 第7章)。詩でも好まれる形です。

toríro nébro es orénos, na senéimor ilánais

読み:トリーロ ネーブロ エス オレーノス、ナ セネーモル イラーナイス

tor-ír-onébroesorén-os,nasen-é-imorilán-ais
来る-<もし〜なら>-<(重いものが)>霧<主格>から縁-<属格><〜ない>見る-<〜だろう>-<我々が>灯-<〜たちを>

「縁から霧が上がってくれば、我々には星が見えなくなるだろう。」

duliþíre kelár fáron es orénos, toriþéla dálor.

読み:ドゥリシーレ ケラール ファーロン エス オレーノス、トリセーラ ダーロル。

dul-iþ-ír-ekel-árfáronesorén-os,tor-iþ-él-adálor.
下る-<〜させる>-<もし〜なら>-<(軽いものが)>伐る-<〜する人・主格>荷<対格>から縁-<属格>来る-<〜させる>-<〜だろう>-<(軽いものが)>下の国<対格>

「樵が縁から荷を落とせば、下の国を呼び寄せることになろう。」

maníres þérno, elþélo bélo táses.

読み:マニーレス セルノ、エルセーロ ベーロ ターセス。

man-ír-esþérno,elþ-él-obélotás-es.
食べる-<もし〜なら>-<あなたが>毒きのこ<対格>燃える-<〜だろう>-<(重いものが)>腹<主格><あなた>-<属格>

「毒きのこを食べたら、腹が焼けるぞ。」

5.4 完了相

5.4.1 作り方

「〜し終えた」「〜してしまった」という完了相は、語根の母音を変えて作ります。語尾は、どの法でも未完了と同じものを使います。完了の語根では、強勢を変わった母音に置きます。二重母音・長母音なら、その最初の字に置きます。

語根の母音 変わり方 例
i ei になる lís- → léis-(léisa「書き終えた」)、þíl- → þéil-
u ou になる dúl- → dóul-(dóulo「下り終えた」)
a ai になる mán- → máin-「食べ終えた」、vánd- → váind-、klámb- → kláimb-
e ee(長くなる) kél- → kéel-「伐り終えた」、drén- → dréen-
o oo になる þór-「立つ」→ þóor-、bónd- → bóond-
ü eu になる glǘn-「凍る」→ gléun-
二重母音・長母音 語根の後ろに -s- を足す áur- → áurs-(áursa「昇りきった」)、ráin- → ráins-、méir- → méirs-、vúur- → vúurs-、wéin- → wéins-

léisa dóulin lisár plánan.

読み:レーサ ドーリン リサール プラーナン。

léis-adóulinlis-árplán-an.
書く<〜し終えた>-<(軽いものが)>もう書く-<〜する人・主格>帳簿-<対格>

「書記はもう帳簿を書き終えた。」

wéinsa ólmar ilánan.

読み:ウェーンサ オルマル イラーナン。

wéins-aólmarilán-an.
なる<〜し終えた>-<(軽いものが)>年長者<主格>灯-<対格>

「年長の方は星になった。」

二音節以上の語根。 母音を変えるのは、強勢のある母音です(nélis-「召し上がる」→ néelis-、dúmar-「いただく」→ dóumar-)。

使役の -íþ- のついた語根。 母音を変えるのは、-íþ- の前の語根です(rainíþ-「教える」→ rainsíþ-。ráin- が ráins- になる)。

5.4.2 補充の完了語根

よく使う五つの動詞は、完了の語根がまったく別の形になります(補充形)。

意味 未完了 完了
いる・ある・である és- wéir-
行く gél- váls-
来る tór- táis-
言う vír- þóul-
見る sén- sóin-

ké ésa orenvandár séndoi? na ésa, válsa.

読み:ケー エーサ オレンヴァンダール センドイ?ナ エーサ、ヴァルサ。

kéés-aorenvandársénd-oi?naés-a,váls-a.
<〜か>いる-<(軽いものが)>縁商人<主格>ここ-<与格><〜ない>いる-<(軽いものが)>行く<〜し終えた>-<(軽いものが)>

「「縁商人はここにいるか?」「いない。もう行ってしまった。」」

sórel, táiso nebroauró

読み:ソーレル、タイソ ネブロアウロー

sórel,táis-onebroauró
今日来る<〜し終えた>-<(重いものが)>霧上げ<主格>

「今日、霧上げがやってきた(霧の季節が終わった)。」

5.4.3 完了相の意味

動作の動詞では「し終えた」です。 時制がないので、léisa は「書き終えた」とも「書き終えている」とも訳せます。未完了の lísa「書く・書いた・書いている」とは、時の違いではなく、事柄をし終えたものとして見るかどうかが違います。

状態を表す動詞では「なり始め」です。 ráin-「知る」、és-「いる・である」のように、動作ではなく状態を表す動詞の完了は、「し終えた」ではなく「〜するようになった」という意味になります。

ráinsim.

読み:ラインシン。

ráins-im.
知る<〜し終えた>-<私が>

「わかった(知るようになった)。」

wéira ólmar senár.

読み:ウェーラ オルマル セナール。

wéir-aólmarsen-ár.
いる<〜し終えた>-<(軽いものが)>年長者<主格>見る-<〜する人・主格>

「年長の方は目付になった(今は目付である)。」

wéir- と wéin-。 és- の完了 wéir- も、「なる」wéin- も「〜になった」と訳せます。wéir- はなった結果の今の状態に、wéin- は移り変わりの過程に重きを置きます。所有の文で wéir- を使うと「手に入れた」の意味になります(wéiro sáko némei「私は塩を手に入れた」)。

wéiro monáur un plánei.

読み:ウェーロ モナウル ウン プラーネイ。

wéir-omonáurunplán-ei.
いる<〜し終えた>-<(重いものが)>繰り上がり<主格>内に帳簿-<与格>

「帳簿に繰り上がりが生じた。」

否定と完了。 na+ふつうの形は「〜しない・〜しなかった」、na+完了は「〜し終えなかった」です。「まだ〜し終えていない」とはっきり言うときは unlóur「まだ」を添えます(→ 5.7.2)。

5.4.4 完了の語根と法

完了の語根には、どの法の接尾辞もつきます。強勢は法の接尾辞に移り、語根の二重母音や長母音は強勢なしで残ります。

直説 推量 願望
1単 léisim leiséim leiséndim
3単・軽 léisa leiséla leisénde
3単・重 léiso leisélo leiséndo

完了の命令形。 命令法も、完了の語根からそのまま作ります。「やりかけのことを最後までやれ」「〜してしまえ」という意味になります。

未完了 完了
2単 lís「書け」 léis「書き終えろ」
2双 lisáu leisáu「二人で書き終えろ」
2複 lísir léisir「皆で書き終えろ」

完了の語根は副動詞 -in にもつきます(léisin「書き終えて」→ 5.6)。分詞 -en は、完了の語根にはつきません(→ 5.5)。

5.5 分詞 -en

5.5.1 作り方と意味

分詞は、語根に -en をつけて作ります。完了の母音交替をしない、ふつうの語根につけます(dúlen、lísen。*dóulen とは言いません)。-en 自体は強勢をもたず、語根の強勢が残ります(áuren、dúlenan)。

分詞そのものが完了の意味をもちます。

高原語の「形容詞」の多くは、もとは動詞の分詞です。áuren「高い」はもとは「昇った」で、今では形容詞として固まっています(→ 第4章)。

5.5.2 一致の語尾

分詞は名詞の後ろに置き、その名詞の性・数・格に一致させます。語尾は、軽性なら軽性子音語幹の名詞、重性なら重性子音語幹の名詞と同じです(→ 第3章、第4章)。

軽性 重性
単数 主格 dúlen dúlen
単数 対格 dúlenan dúlen
単数 属格 dúlenes dúlenos
単数 与格 dúlenei dúlenoi
双数 主格・対格 dúlenau dúlenou
双数 属格・与格 dúlenaun dúlenoun
複数 主格 dúlenai dúlenul
複数 対格 dúlenais dúlenul
複数 属格 dúlenar dúlenur
複数 与格 dúlenail dúlenuls

aldána aldár áuren an dúnoi

読み:アルダーナ アルダール アウレン アン ドゥーノイ

aldán-aaldáráur-enandún-oi
おわす-<(軽いものが)>座<主格>昇る-<〜した・〜された>上手丘-<与格>

「高き座は丘の上におわします。」

dróuma ráuvan es gandéros kélenos.

読み:ドローマ ラウヴァン エス ガンデーロス ケーレノス。

dróum-aráuvanesgandér-oskél-en-os.
悼む-<(軽いものが)>森の巫<主格>から硬木-<属格>伐る-<〜した・〜された>-<重性・属格>

「森の巫は、伐られた硬木を悼む。」

分詞の性も「いまの状態」で決まります。 伐られた脂の木は、名詞の形は軽性(pélsei)のままですが、分詞は重性の与格 -oi で一致します(→ 5.2.2、第3章)。

lísa lisár virán pélsei kélenoi

読み:リーサ リサール ヴィラーン ペルセイ ケーレノイ

lís-alis-árvir-ánpéls-eikél-en-oi
書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>言葉-<対格>脂の木-<与格>伐る-<〜した・〜された>-<重性・与格>

「書記は伐った脂の木(の札)に字を書く。」

5.5.3 分詞の使い方

名詞を飾る。 分詞は名詞のすぐ後ろに置きます。短い修飾は、関係節(→ 第7章)ではなく分詞で済ませるのがふつうです(pélsa kélen「伐られた脂の木」、gandér kélen「伐られた硬木」)。

動作主の属格。 他動詞の分詞のすぐ後ろの属格は「〜によって」の意味になります(gandér kélen kelárar「樵たちに伐られた硬木」→ 第6章)。

dúlo gandér kélen kelárar só du orén.

読み:ドゥーロ ガンデール ケーレン ケラーラル ソー ドゥ オレーン。

dúl-ogandérkél-enkel-ár-arsóduorén.
下る-<(重いものが)>硬木<主格>伐る-<〜した・〜された>伐る-<〜する人>-<〜らの>この<重性>下手縁<対格>

「樵たちが伐ったこの硬木が、縁へ下りていく。」

受け身にあたる言い方。 高原語には受け身の専用の形がありません。「és-+主語+分詞」で、結果の状態を言います(éso gandér kélen「硬木は伐られている」)。

ésa plána lísen orenvandáres.

読み:エーサ プラーナ リーセン オレンヴァンダーレス。

és-aplánalís-enorenvandár-es.
いる-<(軽いものが)>帳簿<主格>書く-<〜した・〜された>縁商人-<属格>

「帳簿は縁商人の手で書かれている。」

道のりの対格をとる分詞。 dúl-「下る」は自動詞ですが、その分詞 dúlen は「どれだけ下りたか」を表す道のりの対格をとります。身分の段や系譜の瀬を「何段下りた」「何瀬下りた」と言うときの、決まった言い方です(→ 第3章)。高原語には序数がほとんどなく、この言い方が序数のかわりをします。

duþélim sélvanan, an fóndaros ráimaros dúlenan dáumbar téir lóurul, dúlenan fáir þrénul

読み:ドゥセーリン セルヴァナン、アン フォンダロス ライマロス ドゥーレナン ダウンバル テール ロールル、ドゥーレナン ファイル スレーヌル

du-þél-imsélvan-an,anfóndar-osráimar-osdúl-en-andáumbartéirlóur-ul,dúl-en-anfáirþrén-ul
<〜させていただく>-名乗る-<私が>セルヴァン-<対格>上手源-<属格>ライマル-<属格>下る-<〜した・〜された>-<軽性・対格>二十三瀬-<〜たちを>下る-<〜した・〜された>-<軽性・対格>四段-<〜たちを>

「ライマルの源から二十三瀬下りた、四段下りの者、セルヴァンと名乗らせていただきます。」

分詞 dúlenan は二度とも、名前の sélvanan(軽性・単数・対格)に一致しています。

5.5.4 分詞の否定 na-

分詞と形容詞を否定するときは、頭に接頭辞 na- をつけます(nadúlen「下りぬ」、narímben「数えられていない」、nagléin「清からぬ」)。na- は強勢をもちません。母音で始まる語の前では n- になります(náuren「高からぬ」= n- + áuren)。

éso dún náuren.

読み:エーソ ドゥーン ナウレン。

és-odúnn-áur-en.
いる-<(重いものが)>丘<主格><〜ない>-昇る-<〜した・〜された>

「丘は高からぬ(低い)。」

hálimor aursáran nadúlenan fóndar.

読み:ハーリモル アウルサーラン ナドゥーレナン フォンダル。

hál-imoraursár-anna-dúl-en-anfóndar.
呼ぶ-<我々が>祖先-<対格><〜ない>-下る-<〜した・〜された>-<軽性・対格>源<対格>

「我々は、下りぬ祖先を「源」と呼ぶ。」

文全体の否定の小辞 na と、語の性質だけを打ち消す接頭辞 na- の違い、二重否定については 5.7.3 で扱います。

5.6 副動詞 -in

5.6.1 作り方と意味

動詞の語根に -in をつけると、文を飾る副動詞になります。-in は強勢をもたず、語根の強勢が残ります(vándin、léisin)。

léisin sáindaran, méirim élan senárei.

読み:レーシン サインダラン、メーリン エーラン セナーレイ。

léis-insáindar-an,méir-imél-ansen-ár-ei.
書く<〜し終えた>-<〜して・〜く>証文-<対格>与える-<私が><3人称単数・軽性>-<対格>見る-<〜する人>-<与格>

「証文を書き終えて、それを目付に渡す。」

vándin fáron, lísa lisár plánan.

読み:ヴァンディン ファーロン、リーサ リサール プラーナン。

vánd-infáron,lís-alis-árplán-an.
量る-<〜して・〜く>荷<対格>書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>帳簿-<対格>

「荷を量りながら、書記は帳簿を書く。」

þréinin, nanóirim.

読み:スレーニン、ナノイリン。

þréin-in,nanóir-im.
目覚める<〜し終えた>-<〜して・〜く>眠れない-<私が>

「目を覚ましてからは、眠れない。」

-in は、代名詞から副詞を作る -in(sérin「このように」、pórin「どのように」)と同じ語尾です。形容詞から副詞を作るときも -in をつけます(gléinin「清く」、fláinin「軽く」)。

lísa lisár plánan gléinin.

読み:リーサ リサール プラーナン グレーニン。

lís-alis-árplán-angléin-in.
書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>帳簿-<対格>清い-<〜して・〜く>

「書記は帳簿を清く書く。」

5.6.2 主語は後ろの動詞と同じ

-in の形は人称も性も示さず、形が変わりません。そのため、-in の動詞の主語は、後ろの動詞の主語と同じでなければなりません。主語が違うときは、lúin「〜とき」(→ 第7章)や duói「それから」(→ 第6章)でつなぎます。

同じ主語かどうかは、文法上の主語で数えます。所有の文(wéiro sáko némei「私は塩を手に入れた」)の文法上の主語は、持たれている物(塩)です。そのため、その後に「私が〜する」を -in でつなぐことはできず、duói を使います。縁のくだけた言葉では、持ち主も主語として数えて -in でつなぐことがありますが、都では誤りとされます。

5.6.3 置き場所

lísa lisár plánan, vándin fáron.

読み:リーサ リサール プラーナン、ヴァンディン ファーロン。

lís-alis-árplán-an,vánd-infáron.
書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>帳簿-<対格>量る-<〜して・〜く>荷<対格>

「書記は荷を量りながら、帳簿を書く。」

語順の詳しい規則は第6章で扱います。

5.6.4 否定

「〜せずに」は、-in の動詞の前に na を置きます。

na vándin fáron, lísa lisár plánan.

読み:ナ ヴァンディン ファーロン、リーサ リサール プラーナン。

navánd-infáron,lís-alis-árplán-an.
<〜ない>量る-<〜して・〜く>荷<対格>書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>帳簿-<対格>

「荷を量らずに、書記は帳簿を書く。」

5.6.5 「〜できる」

高原語には「〜できる」を表す語尾がありません。する動詞を副動詞 -in にして、すぐ後ろに vúur-「届く」(状況が許してできる)か þíl-「分かる」(やり方を知っていてできる)を置きます。人称と法の語尾は後ろの動詞につきます。

この -in は、5.6.3 で述べたふつうの副動詞の句とは別の組み立てです。後ろの動詞と一つの述語を作るので、読点で区切らず、目的語は副動詞の句の中ではなく、定形の動詞(vúur-・þíl-)の後ろに置きます。

「できた」は後ろの動詞を完了の語根にします(vúurs-、þéil-)。詳しくは第6章で扱います。

dulíþin vúurimor gandér.

読み:ドゥリーシン ヴーリモル ガンデール。

dul-íþ-invúur-imorgandér.
下る-<〜させる>-<〜して・〜く>届く-<我々が>硬木<対格>

「我々は硬木を下ろせる。」

lísin þíla endríña lisáis.

読み:リーシン シーラ エンドリーニャ リサイス。

lís-inþíl-aendríñalis-áis.
書く-<〜して・〜く>分かる-<(軽いものが)>子ども<主格>字-<〜たちを>

「その子は字が書ける。」

5.6.6 -en・-im との違い

固まった -in の形。

5.6.7 「〜したい」「〜するつもり」「〜しなければならない」

高原語には、欲求・意図・必要を表す法や語尾はありません。「〜できる」(5.6.5)と同じく、副動詞と動詞の組み合わせや、所有の文で言います。

意味 言い方 例
〜したい(欲求) 副動詞 + wéil-「〜したいと思う」 gélin wéilim du orén.「縁へ行きたい」
〜するつもりだ(意図) 副動詞 + flór-「決める」 gélin flórim du orén.「縁へ行くつもりだ」
〜しなければならない(その人の必要) 所有の文で「〜の務め florá がある」+ ré の節 ésa florá némei ré gélim du orén.「私は縁へ行かなければならない」
〜すべし(誰にでも当てはまる定め) 当為法(5.3.7) mé duliþésa fáron es orénos.「縁から荷を落とさぬこと」

gélin wéilim du orén.

読み:ゲーリン ウェーリン ドゥ オレーン。

gél-inwéil-imduorén.
行く-<〜して・〜く>〜したい-<私が>下手縁<対格>

「縁へ行きたい。」

gélin flórim du orén.

読み:ゲーリン フローリン ドゥ オレーン。

gél-inflór-imduorén.
行く-<〜して・〜く>決める-<私が>下手縁<対格>

「縁へ行くつもりだ。」

ésa florá némei ré gélim du orén.

読み:エーサ フロラー ネーメイ レー ゲーリン ドゥ オレーン。

és-afloráném-eirégél-imduorén.
いる-<(軽いものが)>務め<主格><私>-<与格><〜と(節)>行く-<私が>下手縁<対格>

「私は縁へ行かなければならない(私には、縁へ行くという務めがある)。」

gélin wéilim du orén, salóur na gélin flórim.

読み:ゲーリン ウェーリン ドゥ オレーン、サロール ナ ゲーリン フローリン。

gél-inwéil-imduorén,salóurnagél-inflór-im.
行く-<〜して・〜く>〜したい-<私が>下手縁<対格>しかし<〜ない>行く-<〜して・〜く>決める-<私が>

「縁へ行きたいが、行くつもりはない。」

5.6.8 「始める」「続ける」「やめる」「試みる」「しかける」

動作の始まり・続き・終わりと、試みは、それぞれ別の組み立てで言います。時を川の流れと見る見方から、始めることは「源を開く」、やめることは「流れが止まる」、続けることは「まだ同じ瀬にいる」と言います。

意味 言い方 例
始める 副動詞 + fondarér-「始める(源を開く)」 lísin fondaréra lisár plánan.「書記は帳簿を書き始めた」
続ける 相の副詞 unlóur「まだ(同じ瀬に)」(→ 7.7.3) kéla unlóur kelár gandér.「樵はまだ伐っている(伐り続けている)」
やめる 副動詞 + þál-「止まる」 kélin þála kelár gandér.「樵は硬木を伐るのをやめた」
試みる 副動詞 + lín-「伸ばす(手を伸ばす)」 dulíþin línim fáron.「荷を下ろそうとする」
しかける・途中まで進む 未完了の言い切り + 完了の否定 trúpo fúnel, salóur na tróupo.「綱は切れかけたが、切れきらなかった」

lísin fondaréra lisár plánan.

読み:リーシン フォンダレーラ リサール プラーナン。

lís-infondarér-alis-árplán-an.
書く-<〜して・〜く>始める-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>帳簿-<対格>

「書記は帳簿を書き始めた。」

toríre réina, salóur kéla unlóur kelár gandér.

読み:トリーレ レーナ、サロール ケーラ ウンロール ケラール ガンデール。

tor-ír-eréina,salóurkél-aunlóurkel-árgandér.
来る-<もし〜なら>-<(軽いものが)>雨<主格>しかし伐る-<(軽いものが)>まだ伐る-<〜する人・主格>硬木<対格>

「雨が降っても、樵は伐り続けた。」

dulíþin línim fáron, salóur dulíþin þálim ó.

読み:ドゥリーシン リーニン ファーロン、サロール ドゥリーシン サーリン オー。

dul-íþ-inlín-imfáron,salóurdul-íþ-inþál-imó.
下る-<〜させる>-<〜して・〜く>伸ばす-<私が>荷<対格>しかし下る-<〜させる>-<〜して・〜く>止まる-<私が><3人称単数・重性・対格>

「荷を下ろそうとしたが、やめた。」

trúpo fúnel, salóur na tróupo.

読み:トルーポ フーネル、サロール ナ トローポ。

trúp-ofúnel,salóurnatróup-o.
切れる-<(重いものが)>綱<主格>しかし<〜ない>切れる<〜し終えた>-<(重いものが)>

「綱は切れかけたが、切れきらなかった。」

言い方 意味
dulíþin línim fáron. 荷を下ろそうとした(どうなったかは言わない)
dulíþin vúursim fáron. 荷を下ろすことができた(やりおおせた)
dulíþin línim fáron, salóur na dulíþin vúursim ó. 荷を下ろそうとしたが、下ろせなかった

5.7 否定

5.7.1 na と mé

文を否定する小辞は二つあり、法によって使い分けます。どちらも動詞の直前に置きます(動詞の前に疑問詞や対比の語句があれば、その後ろ。→ 第6章)。

小辞 強勢 使う法 意味
na なし 直説法・推量法・仮定法 「〜ない」(事柄の否定)
mé あり 願望法・命令法・当為法 「〜するな」「〜せぬこと」(働きかけの否定、禁止)

事柄が成り立つかどうかを言う法は na で、人に働きかける法は mé で否定します。無強勢の na と違って、mé は強く発音されます。人に働きかける強い言葉だからです。碑文の mé duliþésa…「〜を落とさぬこと」や、母親が子どもに言う mé vír…!「〜と言うな」は、高原の子が最初に覚える禁止の形です。

na éso nébro fléura.

読み:ナ エーソ ネーブロ フレウラ。

naés-onébrofléura.
<〜ない>いる-<(重いものが)>霧<主格>雲

「霧は雲ではない。」

mé vír sélvanan nébroi!

読み:メー ヴィール セルヴァナン ネーブロイ!

mévírsélvan-annébr-oi!
<禁止・願いの打ち消し>言う<命令法><あなたが>セルヴァン-<対格>霧-<与格>

「霧の中で、セルヴァンの名を呼ぶな。」

lúin éso nébro, mé vírir þeláis.

読み:ルーイン エーソ ネーブロ、メー ヴィーリル セライス。

lúinés-onébro,mévír-irþel-áis.
ときいる-<(重いものが)>霧<主格><禁止・願いの打ち消し>言う-<皆で〜せよ>名前-<〜たちを>

「霧が出ているときは、名を呼んではならぬ。」

禁止の二つの形。 禁止は「mé+命令法」か「mé+願望法」で言います。目上の人に向けて「〜なさいませぬよう」と言うときは「mé+願望法」です。

mé fleirénde ausenár du orén.

読み:メー フレイレンデ アウセナール ドゥ オレーン。

méfleir-énd-eau-sen-árduorén.
<禁止・願いの打ち消し>お出ましになる-<〜しますように>-<(軽いものが)><お〜になる・御〜>-見る-<〜する人・主格>下手縁<対格>

「目付殿、縁へはお出ましになりませぬよう。」

mé rimbéndes, endríña! rímban ilanárai.

読み:メー リンベンデス、エンドリーニャ!リンバン イラナーライ。

mérimb-énd-es,endríña!rímb-anilanár-ai.
<禁止・願いの打ち消し>数える-<〜しますように>-<あなたが>子ども数える-<彼らが>星読み-<〜たちが>

「数えてはいけませんよ。数えるのは星読みたちです。」

5.7.2 否定と相:「もう」と「まだ」

unlóur・dóulin は、動詞のすぐ後ろ、主語の前に置きます。

形 意味 例
肯定+unlóur まだ〜している éso unlóur nébro an orénoi.「縁の上手には、まだ霧がある」
否定+完了+unlóur まだ〜し終えていない na léisim unlóur sáindaran.「まだ証文を書き終えていない」
肯定+完了+dóulin もう〜し終えた léisa dóulin lisár plánan.「書記はもう帳簿を書き終えた」
否定+ふつうの形+dóulin もう〜しない・もはや〜ない na gélim dóulin du orén.「私はもう縁へは行かない」

na léisim unlóur sáindaran.

読み:ナ レーシン ウンロール サインダラン。

naléis-imunlóursáindar-an.
<〜ない>書く<〜し終えた>-<私が>まだ証文-<対格>

「私はまだ証文を書き終えていない。」

na lísim dóulin sáindarais.

読み:ナ リーシン ドーリン サインダライス。

nalís-imdóulinsáindar-ais.
<〜ない>書く-<私が>もう証文-<〜たちを>

「もう証文は書かない。」

時の言い表し方の全体は第7章で扱います。

5.7.3 分詞の否定 na- と二重否定

分詞と形容詞の頭につける na- は、語の性質だけを打ち消します(→ 5.5.4)。文全体を打ち消す小辞 na とは働きが違います。

後のほうが、性質をはっきり言い切ります。

na と na- を一つの文で使うと、「〜からぬものではない」という控えめな肯定になります。

na éso ílmo nagléin.

読み:ナ エーソ イルモ ナグレーン。

naés-oílmona-gléin.
<〜ない>いる-<(重いものが)>水<主格><〜ない>-清い

「水は清からぬものではない(悪くない水だ)。」

目上の人の持ち物や行いを直接ほめるのは、相手を量ることになって無礼です。そのため、この言い方で遠回しに評価します。宮廷では「悪くはない」がほとんど最上のほめ言葉で、都の外の人は、ほめられたのに気づかないことがあります。

5.8 使役 -íþ-

5.8.1 作り方と意味

動詞の語根に -íþ- をつけると、「〜させる」という使役動詞になります。昇り下りの動詞からは「上げる」「下ろす」を作ります。もとの動詞が自動詞か他動詞かで、増えた参加者を表す格が違います。

もとの動詞 使役させる人 させられる人・もの もとの目的語
自動詞(dúl-「下る」) 主語 対格(dulíþo ílmo fáron「水が荷を下ろす」) —
他動詞(ráin-「知る」) 主語 与格(「〜に」) 対格のまま

他動詞から作った使役では、目的語の枠はもとの目的語が埋めているので、させられる人は与格で受け手として言います。「知る」の使役 rainíþ-「教える」なら、教える人が主語、教える内容が対格、教わる人が与格です(rainíþa ólmar loimán dulóurei「年長者が子に詞を教える」)。与える méir- と同じ並びになります。

もとの動詞 使役
dúl-「下る」 dulíþ-「下ろす・落とす」
áur-「昇る」 auríþ-「上げる」
tór-「来る」 toríþ-「呼び寄せる」
ráin-「知る」 rainíþ-「教える」
élþ-「燃える」 elþíþ-「燃やす」

降ろし場や吊り下ろし、「崖から物を落とさぬこと」の禁忌など、高原では「下ろす」行為が暮らしの中心にあります。dulíþ- はとくによく使う動詞です。

dulíþan kelárai slúun báronur gandérur

読み:ドゥリーサン ケラーライ スルーン バーロヌル ガンデールル

dul-íþ-ankel-ár-aislúunbáron-urgandér-ur
下る-<〜させる>-<彼らが>伐る-<〜する人>-<〜たちが>千本-<〜らの>硬木-<〜らの>

「樵たちが硬木千本を下ろす。」

gloumiþéla náuvra tásan; mé mán!

読み:グロウミセーラ ナウヴラ ターサン、メー マーン!

gloum-iþ-él-anáuvratás-an;mémán!
惑う-<〜させる>-<〜だろう>-<(軽いものが)>酔いきのこ<主格><あなた>-<対格><禁止・願いの打ち消し>食べる<命令法><あなたが>

「酔いきのこはお前を惑わすぞ。食べるな!」

-íþ- は派生の接辞でもあり、名詞を作る接辞(-ándo「〜する所」など)の前にも立ちます(duliþándo「降ろし場」。→ 第9章)。

5.8.2 強勢

-íþ- は、後ろに強勢をもつ接辞がなければ、自分で強勢をとります。後ろに強勢をもつ接辞がつけば、その接辞に強勢を譲ります。

形 強勢の位置 意味
dulíþa -íþ- 下ろす(直説法)
duliþésa 当為法 -és- 下ろすべし
duliþíre 仮定法 -ír- 下ろせば
toriþéla 推量法 -él- 呼び寄せるだろう
duliþándo 派生の -ándo 降ろし場
dulís -íþ-(→ 5.8.3) 下ろせ

人称の語尾は強勢をもたないので、直説法では -íþ- が強勢をとります(dulíþan、dulíþo)。命令法の複数 -ir も強勢をもたないので、-íþ- に強勢が残ります(elþíþir)。

rainiþésan rainiþárai hémbro éndrail.

読み:ライニセーサン ライニサーライ ヘンブロ エンドライル。

rain-iþ-és-anrainiþár-aihémbroéndr-ail.
知る-<〜させる>-<〜すべし>-<彼らが>師-<〜たちが>恥じる心<対格>人-<〜らに>

「師たちは、人々に恥を知る心を教えるべし。」

5.8.3 命令形の -ís

命令法の2人称単数は、むき出しの語幹で言います(→ 5.3.6)。ところが語末には þ を置けないので、þ が s に変わります。

命令法の双数と複数は、規則どおり語尾をつけます(2複 elþíþir「皆で燃やせ」)。

ké élþa aurvirá? elþíþir élan elþéi.

読み:ケー エルサ アウルヴィラー?エルシーシル エーラン エルセー。

kéélþ-aaurvirá?elþ-íþ-irél-anelþ-éi.
<〜か>燃える-<(軽いものが)>祈りの紙<主格>燃える-<〜させる>-<皆で〜せよ><3人称単数・軽性>-<対格>火-<与格>

「祈りの紙は燃えているかい。皆でそれを火にくべて燃やしなさい。」

5.8.4 dulíþ-「下ろす」の活用

規則どおりに作ると、dulíþ- の主な形は次のようになります。強勢が -íþ- にあるか、法の接尾辞に移るかに注意してください。

直説 推量 願望 当為 仮定
1単 dulíþim duliþéim duliþéndim — duliþírim
3単・軽 dulíþa duliþéla duliþénde duliþésa duliþíre
3単・重 dulíþo duliþélo duliþéndo duliþéso duliþíro
3複 dulíþan duliþélan duliþéndan duliþésan duliþíran

命令法:2単 dulís、2双 duliþáu、2複 dulíþir。

5.9 命令法のむき出しの語幹

5.9.1 語末の子音の単純化

命令法の2人称単数では、語根がそのまま語末に来ます。高原語の語末に置ける子音は、n・m・l・r・s のどれか一つだけです(語末の -s を足した -ls・-rs・-ns は主に屈折形に現れます。命令形 éls・káns のように、語根末の子音を置き換えてできる例もあります。→ 第1章)。そのため、語根が語末に置けない子音や子音のつながりで終わるときは、削ったり置き換えたりして言います。

語根の終わり 変わり方 例
-nd n vánd- → ván!「量れ」、kúnd- → kún、prénd- → prén、bónd- → bón、pánd- → pán、fínd- → fín、lúnd- → lún、þónd- → þón
-mb m rímb- → rím!「数えよ」、klámb- → klám
-mp m snúmp- → snúm
-þ(-lþ・-nþ も) s(ls・ns) dulíþ- → dulís!「下ろせ」、rainíþ- → rainís、élþ- → éls、kánþ- → káns
閉鎖音(p・t・d・k)・v 一つ 落とす pák- → pá、þrak- → þra、vót- → vó、kóid- → kói、wáp- → wá、kráv- → krá、slév- → slé
-rn・-lm・-rv・-lv 最初の子音だけ残す súrn- → súr、vélm- → vél、dérv- → dér、šelv- → šel
n・m・l・r・s のどれか一つ そのまま lís-、sén-、vír-、mán-、méir-、léim-、þovonór-

ván fáron, ende.

読み:ヴァーン ファーロン、エンデ。

vánfáron,ende.
量る<命令法><あなたが>荷<対格>どうぞ

「荷を量ってくれ、頼む。」

rím mélvul

読み:リーン メルヴル

rímmélv-ul
数える<命令法><あなたが>板戸-<〜たちを>

「板戸を数えろ。」

削られるのは2人称単数の命令形だけです。語尾のつく形では、語根はもとのまま現れます(vándir「皆で量れ」、vándim「私は量る」、rímban「彼らが数える」)。

5.9.2 むき出しの語幹と今の語末母音の脱落

くだけた話し方では、強勢のない語末の母音が、屈折語尾でも落ちます(→ 5.10.8)。lísa「(彼が)書く」が lís になると、命令形 lís と同じ形になります。縁の市の取引言葉で、動詞をむき出しの語幹で言う話し方が広まったのは、このためでもあります。

市の言葉では、格語尾も敬語も落ち、動詞は「むき出しの語幹+ende」の形になります(ván fáron, ende「荷を量ってくれ」)。同じ用件が、都の手代の口からは次のような形で出てきます(→ 第10章)。

aubandénde ausenár fáron

読み:アウバンデンデ アウセナール ファーロン

au-band-énd-eau-sen-árfáron
<お〜になる・御〜>-量る-<〜しますように>-<(軽いものが)><お〜になる・御〜>-見る-<〜する人・主格>荷<対格>

「目付殿に、荷をお量りいただきたく存じます。」

下向きの命令 sén plánan sé!「この帳簿を見ろ」と、市の sén plána, ende. は、動詞の形が同じです。違いはまわりの語に出ます。命令法の文では目的語に格語尾がつき(plánan)、指示詞も添えます。市の言葉では格語尾が落ち(plána)、ende がつきます。

5.10 動詞にかかわる形態音韻規則

ここでは、動詞の形にかかわる音の規則をまとめます。音の規則そのものは第1章でも扱います(→ 1.6.4、1.8)。

5.10.1 強勢の奪い合い

一語に主強勢は一つだけです。

  1. 直説法の人称の語尾、命令法の複数 -ir、分詞 -en、副動詞 -in は強勢をもちません。強勢は語根に残ります(lísa、lísir、dúlen、léisin)。
  2. 次の接辞は強勢をもち、語根の強勢を奪います。
    • 法:推量 -él-、願望 -énd-、当為 -és-、仮定 -ír-、命令の双数 -áu
    • 派生:-ár・-á・-ó・-ím・-íña/-íño・-ándo・-ér-(→ 第9章)
  3. 使役 -íþ- は、後ろに強勢をもつ接辞がないときだけ強勢をとります(dulíþa/duliþésa/duliþándo)。
  4. 強勢をもつ接辞が二つ並ぶときは、後ろの接辞が強勢をとります(duliþ-ándo → duliþándo、dul-iþ-és-a → duliþésa)。
  5. 敬語の接頭辞 au-・du- と分詞の否定 na- は強勢をもたず、強勢の位置を変えません(dulísim、nadúlen)。

強勢が接辞に移ると、転写では語根の ´ を書きません(lísa → liséla、glǘn- → glünélo)。完了の語根の二重母音や長母音も、強勢を失えば ´ なしで書きます(léis- → leiséla、wéir- → weiréndo)。

強勢の位置だけで区別される動詞の形があります。

5.10.2 推量法の l の脱落

推量法の -él- は、1人称の語尾 -im・-imor の前で l が落ちて -é- になります。

ほかの人称では l が残ります(liséles、liséla、lisélers)。

5.10.3 願望法・仮定法の3人称単数・軽性の -e

願望法と仮定法では、3人称単数・軽性の語尾が -a ではなく -e になります(lisénde、lisíre、aurénde、duliþíre)。古い *-ia が縮んだ名残です。重性の -o は規則どおりです(liséndo、lisíro、toríro)。

5.10.4 語末の -s

語末で s を足せるのは、l・r・n の後ろだけです。動詞では、2人称複数の -ers がこの形です(lísers、lisénders)。

5.10.5 むき出しの語幹の単純化

命令法の2人称単数では、語末に置けない子音や子音のつながりを、脱落や置き換えによって調整します(þ → s、閉鎖音と v は落とす、残ったつながりは最初の子音だけ)。詳しくは 1.8.4・5.9.1 にまとめました。

5.10.6 敬語の接頭辞の融合

尊敬の au-(「昇る」から)と謙譲の du-(「下る」から)は、動詞の頭につきます(aulisénde「お書きになりますように」、dulísim「書かせていただく」)。後ろの音とくっつくとき、規則どおりでない形になります。

語根の頭 au- du-
母音 aur-(「昇る」の古い形) dul-(「下る」の古い形)
v-・w- aub-(au-vánd- → aubánd-「お量りになる」) dumb-(du-vánd- → dumbánd-「量らせていただく」)
h- h が落ちる(au-hél- → auél-) そのまま
それ以外 そのまま そのまま

敬語の接頭辞の使い方と、個々の語の例外は第8章で扱います。

5.10.7 古い語末母音の脱落と、動詞の語尾の復元

古い時代(約九百〜五百年前)に、強勢のある音節のすぐ後ろで r・l・n・m のどれか一つに続く、強勢のない短い語末母音が落ちました(*gandéra → gandér「硬木」→ 第1章、第3章)。

この規則に従えば、áura・dúlo・lisélo のような動詞の語尾の母音も落ちたはずです。しかし語尾の母音は、人称・性・法を見分ける手がかりでした。そのため、同じ活用表のほかの形(lísa、líso など)にならって、すぐに復元されました。s・d などの後ろの母音(lísa、lisénde、lisésa の -sa・-de)は、はじめからこの条件に当たらず、落ちていません。

5.10.8 今の語末母音の脱落

くだけた話し方や崖道の言葉では、子音の種類に関係なく、強勢のない語末の母音が屈折語尾でも落ちます。

宮廷語では起こらず、綴りにも書きません。lísa が lís になると命令形と同じ形になり、dúlo が dúl になると3人称単数の性の区別も消えます(→ 5.9.2、第10章)。

5.11 不規則な動詞と固まった形

5.11.1 és-「いる・ある・である」

és- は、存在の「〜がある・いる」と、「AはBだ」の繋辞を兼ねる動詞です。所有(「私には〜がある」)や、分詞と組んだ受け身にあたる言い方にも使います。この本の例文のグロスでは、どの用法でも「いる」と書きます。

és- には次の不規則な点があります。

不規則な点 形
直説法の3人称複数 *ésan ではなく sán
完了の語根 補充形 wéir-(「〜であるようになった」→ 5.4.3)
尊敬・謙譲 補充形 aldán-「おわす」、dóm-「控える」(→ 5.11.3)

sán fáronul grómul ín an kórvoi.

読み:サーン ファーロヌル グロームル イーン アン コルヴォイ。

sánfáron-ulgróm-ulínankórv-oi.
いる<彼らが>荷-<〜たちが>重い-<〜たちが>一上手倉-<与格>

「倉の北側に、重い荷がいくつかある。」

méira houmár tambór faronárei, ré eséndo gromó éles krán.

読み:メーラ ホウマール タンボール ファロナーレイ、レー エセンド グロモー エーレス クラーン。

méir-ahoumártambórfaronár-ei,rées-énd-ogromóél-eskrán.
与える-<(軽いものが)>家の主<主格>雑穀<対格>運び人-<与格><〜と(節)>いる-<〜しますように>-<(重いものが)>体<主格><3人称単数・軽性>-<属格>硬い

「家の主は、体が丈夫であるようにと、運び人に雑穀を与える。」

ésa lisím sélvanes gléin.

読み:エーサ リシーン セルヴァネス グレーン。

és-alis-ímsélvan-esgléin.
いる-<(軽いものが)>書く-<〜の技・〜さ・主格>セルヴァン-<属格>清い

「セルヴァンの書法は清い。」

5.11.2 補充の完了語根

五つの動詞は、完了の語根がまったく別の形になります(→ 5.4.2)。

未完了 完了 意味
és- wéir- いる → いるようになった・なった
gél- váls- 行く → 行ってしまった
tór- táis- 来る → 来た・来てしまった
vír- þóul- 言う → 言い終えた
sén- sóin- 見る → 見終えた

5.11.3 敬語の補充動詞

日常よく使う六つの動詞は、敬語にすると au-・du- をつけずに、別の語に入れかわります。詳しくは第8章で扱います。

意味 ふつう 高める 低める
いる és- aldán-「おわす」 dóm-「控える」
行く gél- fléir-「お出ましになる」 drén-「参る」
来る tór- glóir-「お越しになる」 dunér-「参上する」
言う vír- selvén-「おっしゃる」 léun-「申す」
食べる mán- nélis-「召し上がる」 dúmar-「いただく」
見る sén- lúum-「ご覧になる」 dúrel-「拝見する」

これらの補充動詞は、ふつうの動詞と同じように人称・法・相で変化します。完了の語根も規則どおりに作ります(aldán- → aldáin-、drén- → dréen-、fléir- → fléirs-、glóir- → glóirs-、léun- → léuns-、lúum- → lúums-、nélis- → néelis-、dúmar- → dóumar-)。

léunim dáu viríñau

読み:レウニン ダウ ヴィリーニャウ

léun-imdáuvir-íñ-au
申す-<私が>二言葉-<小さな・拙い>-<双数>

「拙い句を二つ、申し上げます。」

5.11.4 固まった動詞の形

動詞の語形が、小辞や副詞、決まり文句として固まったものがあります。

形 もとの形 意味・使いどころ
ende 願望法3単・軽の語尾 -énde 「どうぞ・頼む」。縁の市でよく使う。運び人どうしでは énd
dóulin dóul-(dúl- の完了)+-in「下り終えて」 「もう」(→ 5.7.2)
lúin 古い -in の形 「〜とき」を導く小辞(→ 第7章)
aurénde selvá 願望法3単・軽 会ったとき・別れるときの挨拶
dulénde 願望法3単・軽 「道中ご無事で」
seirénde 願望法3単・軽 「しばしお待ちを」

ende は、今の脱落で énd になりうるところを、干潟の人に通じやすいように母音を残した形で固まったものです。

ende と énd の強勢。 小辞の ende は、文の終わりに添えて前の語に寄りかかって言うので、強勢をもちません(´ をつけない)。運び人どうしの énd は、語末の e が落ちて一音節になった形を、読点で区切って独り立ちさせて言うものです。一音節の語は、その音節に強勢を置くので(tás、ném のような一音節の語と同じ)、énd と書きます。新しく強勢を得たというより、もとの -énde の強勢が、独り立ちした形に戻ったものです。

5.11.5 不規則な形の一覧

項目 形 節
és- の3人称複数 sán 5.11.1
補充の完了語根 wéir-・váls-・táis-・þóul-・sóin- 5.4.2
敬語の補充動詞 aldán-・dóm-・fléir-・drén-・glóir-・dunér-・selvén-・léun-・nélis-・dúmar-・lúum-・dúrel- 5.11.3
願望法・仮定法の3単・軽 -énde・-íre 5.10.3
推量法の1人称 -éim・-éimor 5.10.2
命令法2単の単純化 ván・rím・dulís など 5.9.1
敬語の接頭辞の融合 aur-・dul-・aub-・dumb-・auél- 5.10.6

5.12 言葉の層による違い

動詞の形は、言葉の層によって次のように違います。言葉の層そのものは第10章で扱います。

層 動詞の特徴
宮廷語 すべての語尾をはっきり発音します。双数・六つの法・敬語の補充形をそろえて使います
都の言葉 双数の主語を双数の動詞で受けます(áurau sílarau)
崖道の言葉 今の語末母音の脱落がよく起こります(áur、dúl、lís)。双数のかわりに人称ごとの複数を使います(áuran sílarau、gélimor)。願望法も -éndimor・-énders・-éndan になります
縁の市の取引言葉 格語尾も敬語も落ち、動詞は「むき出しの語幹+ende」の形になります(ván fáron, ende)
森の言葉 古い語末母音の脱落を免れた形が残ります(主に名詞と数詞。→ 第3章)

揺れの例として、身分を測りかねる相手に命令法を言いかけて願望法に言い直す話し方があります(→ 5.3.6、第8章)。

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