第9章 語形成と借用

高原語は、語根に派生の接辞をつけて新しい語を作り、二つの語を一つに結んで複合語を作ります。派生の接辞の多くは強勢をもち、語根の強勢を奪います。そのため、語を作るときにどこに強勢が置かれるかが、語形成の大事な決まりになっています。この章では、派生の接辞(9.1〜9.2)、派生と強勢(9.3)、複合語(9.4)、干潟語とのあいだの借用(9.5)を扱います。

9.1 派生の接辞の一覧

接辞 グロス 働き 作る語 例
-ár AG 〜する人 軽性・子音語幹の名詞 lisár「書記」、kelár「樵」、senár「目付(見張る者)」
-á NMLZ 〜するもの(軽いもの) 軽性・a語幹の名詞 aurá「縁鷲(昇るもの)」、virá「言葉(言うもの)」
-ó NMLZ 〜するもの(重いもの) 重性・o語幹の名詞 duló「滝(落ちるもの)」、vándo「秤」(例外:無強勢)
-ím ABST 〜すること・〜の技・〜さ 軽性の抽象名詞 lisím「書法」、aurím「高さ」
-ándo PLACE 〜する場所 重性・o語幹の名詞 duliþándo「降ろし場」、senándo「見張り台」
-íña(軽)/-íño(重) DIM 小さな〜・拙い〜 もとの語と同じ性の名詞 viríña「小句・拙い詩句」、moníño「小石」
-ér- DENOM 〜で何かをする 動詞 món → monér-「石を敷く」、virá → virér-「詩句を詠みかわす」
-íþ- CAUS 〜させる・〜下ろす・〜上げる 他動詞 dulíþ-「下ろす」、auríþ-「上げる」
na- NEG 〜ぬ 否定の分詞・形容詞 nadúlen「下りぬ」、nagléin「清からぬ」
au- HON 尊敬 高めた動詞・名詞 aulisár「書記の方」
du- HUM 謙譲 低めた動詞・代名詞 dulísim「書かせていただく」、duném「手前」

-íþ-・na- は第5章、au-・du- は第8章でくわしく扱います。この章では、名詞を作る接辞と -ér- を中心に述べます。

作れる語と、使われる語。 接辞は、どれだけ自由に新しい語を作れるかで三つに分かれます。

種類 接辞 説明
どの語根にも自由につき、意味も決まる -ár、-íþ-、na-、au-・du-、-íña/-íño 規則どおりに作れば、初めての語でも意味が通じる(kelár「伐る人」、nadúlen「下りぬ」)
作れるが、意味は慣用で決まる -á・-ó、-ím、-ándo、-ér- 形は規則どおりに作れるが、何を指すかは語ごとに決まっている(virá は「言うもの」ではなく「言葉」、duló は「落ちるもの」ではなく「滝」)。新しく作った語は、意味を言い添えないと通じない
限られた古い語にしか残らない 語根に強勢の残る -o(vándo)、古い -in の小辞(lúin)、親族名称の女性の -a(andaulóur「祖父母」→ andaulóura「祖母」)、似た音の縮約(9.4.3) 今は新しい語を作らない。性別はふつう dórin「男」・líura「女」を同格で添えて言う

9.2 それぞれの接辞

9.2.1 行為者 -ár「〜する人」

動詞の語根に -ár をつけて、「〜する人」を表す軽性の子音語幹名詞を作ります。人を指すので、いつも軽性です。

-ár は名詞にもつきます。fáron「荷」→ faronár「運び人(荷の人)」。

由来。 -ár は古い *-ára の語末の母音が落ちた形です。この語尾には、主格と対格にしか -a がなく、ほかの格の形が母音を支えていなかったので、母音は復元されませんでした(古い語末母音の脱落は → 第1章)。母音が落ちたあと、子音語幹の②型にならって、対格の -an を新しく作りました(lisáran「書記を」)。

lísa lisár sáindaran senárei.

読み:リーサ リサール サインダラン セナーレイ。

lís-alis-ársáindar-ansen-ár-ei.
書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>証文-<対格>見る-<〜する人>-<与格>

「書記が目付に証文を書く。」

dulíþan kelárai slúun báronur gandérur.

読み:ドゥリーサン ケラーライ スルーン バーロヌル ガンデールル。

dul-íþ-ankel-ár-aislúunbáron-urgandér-ur.
下る-<〜させる>-<彼らが>伐る-<〜する人>-<〜たちが>千本-<〜らの>硬木-<〜らの>

「樵たちが硬木千本を下ろす。」

9.2.2 もの名詞 -á・-ó「〜するもの」

動詞の語根に -á か -ó をつけて、「〜するもの」を表す名詞を作ります。どちらをつけるかは、できた語が指すものが軽いものか、重いものかで決まります。名詞の性は、高原の人々の「上へ行くもの/下へ行くもの」という見方をそのまま写しています(→ 第3章)。

強勢。 -á・-ó は、いつも強勢をもちます(aurá, virá, duló)。例外は vándo「秤」だけです。vándo は統一よりずっと前からある古い語で、強勢をとる -ó が広まる前に、語根に強勢を置いたまま固まりました。そのため、ほかの -ó の語と違って、強勢が語根に残り、-o は無強勢です。

lísa lisár virán pélsei kélenoi.

読み:リーサ リサール ヴィラーン ペルセイ ケーレノイ。

lís-alis-árvir-ánpéls-eikél-en-oi.
書く-<(軽いものが)>書く-<〜する人・主格>言葉-<対格>脂の木-<与格>伐る-<〜した・〜された>-<重性・与格>

「書記は伐った脂の木(の札)に字を書く。」

virá は語尾に強勢のある a語幹なので、対格も強勢のある -án をとります。

9.2.3 抽象名詞 -ím「〜の技・〜さ」

動詞や形容詞の語根に -ím をつけて、行為・技・性質を表す軽性の抽象名詞を作ります。

-ím は古い *-íma の語末の母音が落ちた形で、綴りには古い形が残っています(〈lisima〉と書いて lisím と読む。→ 第2章)。

国の正式名 anaurím「上手の高み」も、この -ím を含む語です。

ésa lisím sélvanes gléin.

読み:エーサ リシーン セルヴァネス グレーン。

és-alis-ímsélvan-esgléin.
いる-<(軽いものが)>書く-<〜の技・〜さ・主格>セルヴァン-<属格>清い

「セルヴァンの書法は清い。」

lisím は軽性なので、繋辞は -a、述語の形容詞 gléin も軽性・主格の形になっています。

9.2.4 場所名詞 -ándo「〜する所」

動詞の語根に -ándo をつけて、「〜する場所」を表す重性の o語幹名詞を作ります。

9.2.5 名詞から動詞を作る -ér-

名詞に -ér- をつけて、「それを使って何かをする」という動詞を作ります。

virá のような a語幹の名詞では、語根 vir- に -ér- がつきます。

9.2.6 指小 -íña/-íño「小さな〜・拙い〜」

名詞に -íña(軽性)か -íño(重性)をつけて、小さいものを表します。もとの語の性を保ちます。

へりくだりの用法。 自分の言葉や持ち物に -íña/-íño をつけると、「拙い〜」とへりくだる意味になります(→ 第8章)。

léunim dáu viríñau.

読み:レウニン ダウ ヴィリーニャウ。

léun-imdáuvir-íñ-au.
申す-<私が>二言葉-<小さな・拙い>-<双数>

「拙い句を二つ、申し上げます。」

幼名。 名の語根に -íña をつけて、幼名を作ることが多くあります(silíña。→ 第3章)。

9.2.7 使役 -íþ- と否定の na-

9.3 派生と強勢

一語に主強勢は一つだけです。派生の接辞がつくと、どこに強勢が置かれるかは次の決まりで決まります。

  1. 強勢をもつ接辞がつくと、語根の強勢は消えます。強勢をもつ派生の接辞は、-ár・-á・-ó・-ím・-íña/-íño・-ándo・-ér- です(例外:vándo)。
    • lís- → lisár、lisím
    • sén- → senár、senándo
  2. 使役の -íþ- は、後ろに強勢をもつ接辞がないときだけ、自分で強勢をとります(dulíþa「下ろす」/duliþésa「下ろすべし」/duliþándo「降ろし場」)。
  3. 強勢をもつ接辞が二つ並ぶときは、後ろの接辞が強勢をとります(duliþ-ándo → duliþándo)。
  4. 強勢をもたない接辞:na-・au-・du- と、分詞の -en、副動詞の -in は強勢をもちません。語根の強勢がそのまま残ります(nadúlen, áuren)。

mé duliþésa fáron es orénos.

読み:メー ドゥリセーサ ファーロン エス オレーノス。

médul-iþ-és-afáronesorén-os.
<禁止・願いの打ち消し>下る-<〜させる>-<〜すべし>-<(軽いものが)>荷<対格>から縁-<属格>

「縁から荷を落とさぬこと。」

当為法の -és- が強勢をとるので、-íþ- の強勢は消えています。

強勢の位置だけで区別される同音の対。 派生語と活用形が、強勢の位置だけで区別されることがあります。

9.4 複合語

9.4.1 複合語の強勢

二つの語を結んで一つの語にするとき、後ろの要素の強勢だけを残し、前の要素の ´ は落とします。

強勢を失った前の要素は、ほかの強勢のない音節と同じく弱く発音されます。

例外:数詞の複合語。 数詞どうしを結んだ語では、前の数詞に強勢を置き、後ろの ombár「十」の ´ を落とします(téirombar「三十」、dáumbar「二十」、slúumbar「一万」。→ 3.7.1)。

9.4.2 複合語の型

よく見られる組み合わせには、次のような型があります。

型 できる語 例
名詞+動詞 動詞 þeultául-「汲む」(þéul+tául-)、marlín-「触る」(már「手」+lín-「伸ばす」)、monþál-「石のように固まる」(món+þál-「止まる」)、buldúl-「根を下ろす」(búl「根」+dul-)
形容詞+動詞 動詞 foumtául-「温かさを摂る」(fóum「暖かい」+tául-)
動詞+動詞 動詞 tromráum-「急ぐ」(tróm-「踏む」+ráum-「歩く」)
前置詞+名詞 名詞 amfóndar「上手の源」(an+fóndar)、anléuma「上の風」(an+léuma「風」)、anrása「上着」(an+rása「衣」)
前置詞+動詞 動詞 ansén-「思い出す」(an+sén-。字義は「上手を見る」)
動詞+名詞 名詞・動詞 aurléuma「昇る風」(áur-+léuma)、dulorén-「こぼれる」(dul-+orén「縁」)
名詞+名詞 名詞 lourílmo「滝」(lóur+ílmo)、mardrál「手首」(már+drál「首」)
複合+派生 名詞 brespuló「胸打ち」(brés「胸」+púl-「叩く」+-ó)、nebroauró「霧上げ」(nébro+áur-+-ó)

複合語の最後に派生の接辞がつくときは、9.3 の決まりどおり、その接辞が強勢をとります(brespuló, nebroauró)。

複合語の中心。 複合語は後ろの要素が中心です。語の種類(名詞か動詞か)、名詞の性、曲用の型は、後ろの要素から受け継ぎます。

ansén-「思い出す」は、時の流れを川に見立て、過去を上手に置く見方から来ています(→ 第7章・第10章)。

9.4.3 つなぎ目の音

複合語のつなぎ目では、次のような音の変化が起こります。

今も新しい語を作るときの決まり。 a語幹・o語幹の名詞(virá・nébro など)を前の要素にするときは、後ろの要素の頭の音で形を選びます。

後ろの要素の頭 前の要素の形 例
子音 語末の母音を落とした語幹の形 senó「目」+ krémb-「引く」→ senkrémb-「目を閉じる」
子音で、落とすと子音が三つ並ぶ 語末の母音を残した語全体の形 krámbo「崖山羊」+ ráum-「歩く」→ kramboráum-「走る」(*krambráum- にはしない)
母音 語末の母音を残した語全体の形 nébro「霧」+ áur-+ -ó → nebroauró「霧上げ」

母音で始まる要素の前で母音を残すのは、語幹の形にすると、前の要素がどこで終わるかが聞き取れなくなるからです。子音語幹の名詞と動詞の語根は、そのままの形で前の要素になります(lourílmo、þeultául-)。

古く固まった語。 次の語は、上の決まりができる前に作られ、そのあとに音が変わって固まったものです。新しい語を作るときの手本にはなりません。

今も働く音の決まり。

9.5 借用

9.5.1 干潟語との接触

高原語と、崖の下の大干潟で話される干潟語は、系統の違う言葉です。けれども、二つの言葉は崖をはさんで長く接してきたので、語を貸し借りしてきました。

9.5.2 干潟語へ貸した語

高原語の保守的な綴りは、古い脱落より前の形を残しています。そのため、帳簿の〈tamboro〉〈gandera〉を字のとおりに読むと、干潟語の taboro・gadera にそっくりになります。けれども高原の人は tambór・gandér と発音します(→ 第2章)。

9.5.3 干潟語から借りた語

干潟語から語を借りるときは、干潟語の音を高原語の音に置き換えます。

干潟語 高原語
ł(側面摩擦音) l
q([kʷ]。唇を丸めた k) k(唇の丸めは、前の u を長くすることがある)
声門閉鎖 落とす
ë(あいまい母音) e
高く発音される音節 強勢を置く

借りた語には、たとえば次のようなものがあります。

éso sáko némei un kórvoi.

読み:エーソ サーコ ネーメイ ウン コルヴォイ。

és-osákoném-eiunkórv-oi.
いる-<(重いものが)>塩<主格><私>-<与格>内に倉-<与格>

「私には倉の中に塩がある。」

借用語の sáko は重性なので、動詞は3人称単数・重性の -o をとります。

借用語の響き。 干潟から入った語は、語としては「下から来たもの」と受けとられます。kíl・lúuko・kekél- などは、改まった場や都の書き物では避けられ、縁の市や崖道、蒸し場のような実用の場に残っています。

9.5.4 借り戻し:sélu「泥の千」

高原語の slúun「千」は、統一期に干潟語へ貸されて sëlu になりました。この sëlu が、高原語に借り戻されています。ë を e に置き換え、干潟語の高い音節に強勢を置いて sélu になりました。借用語なので重性です。

高原の人は、もとの slúun を「陸の千」、借り戻した sélu を「泥の千」と言い分けます。sélu には「当てにならない大きな数」という意味もあり、からかいをこめて使われます。

9.5.5 借用語の書き方

干潟語からの借用語や、干潟の人名・地名は、高原の字に置き換えて書き、下に泥の線 dáloros を引きます。泥の線のついた語には、語末の読まない母音字のような高原の綴りの決まりを当てはめず、字のとおりに読みます(〈selu〉は sélu と読む)。くわしくは第2章を見てください。

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