小説
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北から吹く風が、日ごとに乾いていった。
雨季の終わりの風だった。崖の下から這い上がってくる湿った風とは、においが違う。乾いた草と、遠い岩と、冷えた空の匂いがした。その風が吹くたびに、ドゥランドの屋根の上で干してある雑穀の穂が、ざあっと音を立てて揺れた。空は高くなり雲は薄くなって、ときどき町の北の遠くに連なる山の影が、青く浮かんで見えるようになった。
僕はまたウェレルについて大石段に来ていた。
十日目の昼だった。荷を担いで石段を下りきると、降ろし場の脇の帳場の前に人だかりができていた。
◆
帳場の開け放した戸口の前で、男が二人、言い合っていた。
一人は、色のついた上着を三枚も重ねた、恰幅のいい商人だった。指に青銅の輪をいくつもはめていて、その手を振り回すたびに、輪が日差しを弾いた。もう一人は、上の宿の主だった。痩せて小柄な男で、首から木の札を下げている。二人とも顔を赤くして、早口でまくしたてていた。
話の中身は、ほとんど聞き取れなかった。でも、数の言葉だけは耳に引っかかった。sénþar。dáumbar。téirombar。
sénþar は、この十日の広場で覚えた言葉だ。上がってきた荷を声に出して数える商人の声が、réumombar réum の次でこの音になった。二つなら dáu sénþarou、三つから上は téir sénþarulと、尻尾が変わる。その上の slúun は、大口の商人が一度だけ言うのを聞いた。たぶん、百が十で千だ。
勘定で揉めているのだ。
人垣の中に、運び人の頭がいた。腕を組んで、二人のやりとりを眺めていた。人垣の中に僕の顔を見つけると、眉を上げた。それから、太い腕を伸ばして、僕の襟首をつかんで引っぱり出した。
僕を帳場の戸口の前に押し出して、中に向かって声をかけた。背中に、人垣の目がいっせいに刺さった。荷を下ろしたばかりの肩が、急に軽くて頼りなかった。
「rímba híro.」
頭の手が、僕の肩をぽんぽんと叩いた。あの日の小石の山のことを言っているのだ。こいつは数えられる、と。
帳場の中は、薄暗かった。
長い机に、書記が四、五人並んでいた。机の上には荷札の束と、紙の帳面と、白と黒の石を並べたあの板。町の倉で、老人が壺を数えるのに使っていたのと同じ作りの板だ。僕は心の中で、それを数え盤と呼んでいた。墨の匂いと、乾いた木の匂いがした。筆の先が紙をこする、さらさらという音が、外の騒ぎの下でずっと続いていた。
いちばん奥の机から、背の曲がった痩せた老人が顔を上げた。
あの日の夕方、降ろし場の脇の道から見た老人だった。
近くで見ると顔は細長く頬がこけて、目だけが妙に大きかった。白い髪を後ろで固く束ねている。上着は灰色がかった青で、袖口が墨で黒く汚れていた。指の先も黒かった。何十年も筆を握ってきたような指だった。
老人は僕を頭のてっぺんから足もとまで見た。それから、頭のほうを見て、乾いた声で言った。
「ké rímba dalorár?」
dálor の音が入っていた。dáloro に似ている。funelár が綱の係なら、dalorár は、下の国の者、ということだろうか。
下の国の者が、数えるのか。老人の口ぶりからすると、たぶん、そう言ったのだ。ほめ言葉でないことは、声でわかった。
頭は肩をすくめて、商人と宿の主のほうへあごをしゃくった。やらせてみろ、という顔だった。
◆
宿の主が、木の札を首から外して、僕の目の前に突き出した。札には、字と数字が並んでいた。
僕は札をゆっくり読んだ。
読める字は半分くらいだった。でも、数字は全部読めた。立てた弧の 1 や 3。杯の 5、杯に弧を入れた 8。位を表す輪の 。町の倉の壺の肩に刻んであった形だ。頭の早見の板にも焼きごてで並んでいて、この十日、運び賃をもらうたびに、刻み目の数の三倍と見比べてきた。
荷を大石段で担ぎ上げた数。37。一つにつき運び賃が 4。僕らがもらうのは一つ三だから、四は宿が商人から受け取る値なのだろう。
荷を宿の倉に置いた日数。6 日。一日につき預かり賃が 5。
数字の下には、それぞれもう一行ずつ字が並んでいた。品の名前か何かだろうかと思って読んでみると、téirombar nél。数字と同じ数を、字でもう一度綴ってあるのだ。四の下には fáir。十五の下には ombár lím。
なんでわざわざ、と思いかけて、ふと思い出したことがあった。のし袋に金額を書く時、「金壱萬円」「金参萬円」とわざわざ難しい漢字を使うのはなぜか。あとから線を足して二や三に書き換えられないようにするためだ。
これも同じなのではないか。この世界の数字は、線を一本足せば別の数になる。でも、字で綴った数は、そう簡単には書き換えられない。数字に、字で念を押しているのだ。
この札の数を掛けて足した額で、二人は揉めていた。
商人は腰にさげた小さな数え盤を広げて、石を指で弾いてみせた。宿の主も、宿から抱えてきたらしい盤を胸の前に突き出していた。二人とも二百いくつという数を言っている。でも、同じ数ではなかった。互いに相手の盤を指さして声を荒らげている。石をずらしただろう、とでも言っているのかもしれない。
帳場の書記たちは、顔も上げずに筆を動かしていた。商人どうしの勘定は、帳場の仕事ではないらしい。
頭が僕を引っぱり出したわけが、やっとわかった。僕はどちらの側の者でもない。盤も使わない。石をずらしようがない。
三十七かける四は、百四十八。六かける十五は、九十。足して、二百三十八。
頭の中では、もう答えが出ていた。でも、口で言うだけでは足りない。ここは、書いたものの国だ。
僕は戸口の脇の板壁を指さした。それから、炉の燃えさしを拾うまねをした。頭が、帳場の土間の火鉢から、炭のかけらを一つつまんで投げてよこした。
板壁に、炭で書いた。
37 × 4 = 148 6 × 15 = 90 148 + 90 = 238
この世界の数字じゃなくて、慣れ親しんだアラビア数字だ。書き終えて、振り向いた。
「dáu sénþarou téirombar ánþa.」
商人が、ほら見ろ、という顔で宿の主を振り返った。宿の主は自分の盤を見下ろして、石を一つずつ指で押さえながら数え直しはじめた。
でも、誰よりも早く動いたのは、奥の老人だった。
◆
老人は机から立ち上がって、ゆっくりと板壁の前まで歩いてきた。曲がった背中のまま、壁の数字に顔を近づけた。黒い指で、一つ一つの数字をなぞった。
37 の上で指を止めて、宿の主の札の三十七と見比べた。4 の上で止めて、札の四と見比べた。何度か札と壁のあいだを行き来してから、小さくうなずいた。
読めない数字を、札の数と並べて、どれがどれに対応するのかを確かめているのだ。
振り返って、人垣を見回した。それから、乾いた声で言った。
「pá kráila rimblisán sé?」
rimblisán は知らない。でも、lisá が入っている。その前の rimb は、さっき頭が言った rímb。数える。数える字。数字だ。最後の -n は「を」。
誰が、この数字を、預かる。
商人が口を開きかけて、閉じた。宿の主は札を胸に抱えこんだ。商人は答えにうなずいていた。宿の主も、盤を数え直す手を止めかけていた。それなのに、二人とも一歩、僕から離れた。
誰も、答えなかった。
どういうことなのか、そのときの僕には、まだよくわからなかった。
◆
老人は自分の机に戻った。
机の上の荷札の束を、乱暴に一つかみつかんで、別の机の上にばらまいた。十枚以上あった。それから数え盤を一つその隣に置いて、僕に向かって言った。
「rím.」
老人自身も、自分の数え盤の前に座った。
荷札には、それぞれ数字が書いてあった。一日ごとに、運び人が大石段で担いだ荷の数。十二日分。それを全部足して、運び賃の四を掛けろ、ということらしかった。
老人は荷札を一枚取り上げては、目の高さに掲げた。札の上のほうの数字を読み、その下の行の字に目を移して、唇だけで何かを唱える。それから、ようやく石を一つ動かす。一枚読むたびに、それを繰り返した。
数字と念押しを、一枚ずつ読み合わせているのだ。念押しと数字が合わない札があれば、たぶん、数に入れないのだろう。
僕は荷札を机の上に一列に並べた。全部の数字を、一度だけ目で追った。
二十九。三十一。二十六。三十。三十三。二十八。三十五。二十七。二十九。三十二。三十。十七。
十七の日だけ少ないのは、雨で大石段が閉じた日だろう。
頭の中で足して、三百四十七。四倍して、千三百八十八。炭を持つまでもなかった。
顔を上げると、老人はまだ四枚目の札を掲げていた。
僕は黙って待った。
帳場の中が、静かになった。ほかの書記たちが筆を止めて、こちらを見ていた。戸口の外の人垣も、静まりかえっていた。乾いた風が戸口から吹きこんで、机の上の荷札の端を、かさかさと鳴らした。
十二枚目の、十七の札で、老人の手が長く止まった。雨でにじんだ札だ。墨が水を吸ってにじみ、数字の弧がぼやけていた。札を戸口の光にかざし、念押しの行を指でたどってから、石を置いた。
十二枚を置き終えると、盤の石を全部払い落とした。そして、一枚目の札から、もう一度並べ直した。間違えたからではなかった。二度数えて、二度とも同じになった数だけを書く。それも帳場の決まりらしかった。
僕は答えを出しただけだ。老人は、その答えが正しいかどうかまで確かめていた。
二度目の数が一度目と同じになったところで、運び賃の四を掛けにかかった。盤の上では、掛け算は足し算の繰り返しになる。三百四十七を、四度。石が動き、五つたまった白い石が黒い石に替わり、黒い石が左の線へ繰り上がっていく。かちかちかちかち。
老人が、盤から目を上げた。
僕は言った。
「slúun téir sénþarul ánþombar ánþa.」
老人は自分の盤の石を、長いあいだ見ていた。
「vérin.」
◆
それで終わりかと思った。でも、老人は盤から目を離さなかった。
しばらくして、帳場の戸口のほうへ顔を向けて、運び人の頭を呼んだ。頭が人垣をかき分けて入ってきた。腰には刻み目のついた棒の束がぶら下がっていた。運び人たちから集めた棒だ。
老人は、自分の机の上の帳面を開いた。頁の頭に、日を数えるような小さな数字が一から十まで並んでいた。ここ十日ほどのあいだに大石段を上がった荷を、商人ごとに一行ずつ書いた頁だと思われた。四十行ほどある。五荷きりの行もあれば、二百荷を超える行もあった。行の頭に商人の印、数字、その隣の欄に念押し。頭に見慣れない印のついた行がいくつかあった。荷を下へ返した分を、引くしるしだろうか。いちばん下の行に、その頁の合計らしい数字があった。
合計を指でとんとんと叩いて、言った。
「dáu slúunou téir sénþarul fáirombar ín.」
それから、頭の腰の棒の束をあごで示した。頭がぶっきらぼうに言った。
「dáu slúunou fáir sénþarul téirombar ín.」
九十、違う。二千いくつのうちの、九十。
帳面に書いた荷の数と、頭が棒の刻み目で数えた荷の数が、合っていないのだ。
ほかの書記たちが、ちらちらとこちらを見ていた。机の端の若い書記だけが、顔を上げなかった。
老人は帳面を僕の前に滑らせた。
「rím.」
さっきと同じ言葉だった。どこが違うのか、見つけてみろ、ということだ。
僕は頁の数字を上から目で追って、足していった。印の行は、引いてみた。下まで来て、帳面の合計と比べた。
二千三百四十一。合っていた。
足し算は間違っていない。だとしたら、間違っているのは足す前の数のほうだ。
帳簿が合わないときは、まず差を見る。ネタ帳の、複式簿記のページの端に書きこんでおいたことだった。異世界で帳簿をつける日が来たら使えるかもしれない、と思って。まさか本当に使う日が来るとは思わなかった。
差は九十。
一つめ。差とちょうど同じ数の行がないか。九十の荷の行がまるごと抜けていれば、合計はちょうど九十足りなくなる。僕は頁の数字を上から見ていった。九十の行は、なかった。詰めて書き直した跡もない。ただ、最初から記入を忘れたのなら、元の札と比べるしかない。先に、この頁だけで確かめられる間違いを探そう。
二つめ。差の半分、四十五の行がないか。足すはずの行を間違えて引いていれば、差はその数の倍になる。引く印のついた行を見た。四十五は、なかった。
三つめ。差が九で割り切れるかどうか。
九十を九で割ると、十。割り切れる。
差が九で割り切れるなら、桁のずれや、数字の並びの入れ替わりが候補になる。四十七を七十四と書けば、差は二十七。百を十と書けば、差は九十。
百の位にあるはずの一を、十の位に書いてしまったのかもしれない。百いくつと書くべき数が、十いくつになっていれば、差は九十になる。
盤を動かす代わりに、僕は数を桁に分けて考えた。一つ一つの位を並べて書く、位取りの形で考えるから、九で割ったときの形が見えるのだ。
では、この世界の数字で、百いくつが十いくつになるのは、どんなときだろう。十は輪が一つで、。百は輪を二つ積んで、。百の輪が一つ消えたら、十になる。
十を含む行を探せばいい。小さな商人の行だ。七つあった。一つずつ、輪のまわりに目を凝らしていく。五つめ、上から二十三行目。輪が一つに、弧が四本。4。けれど、その輪の上に、もう一つ、かすれた輪の跡のようなものが見えた。墨が水を吸ってにじんだような、薄い影だった。
僕は隣の欄の念押しに目を移した。さっき宿の主の札で覚えたばかりのやり方だ。sénþar。
この行の念押しは、4 ではなく、4 と言っている。
僕は二十三行目のかすれた輪と、その隣の念押しを、順に指さした。それから帳面の合計を指さして、首を振った。
「na.」
老人の顔から、表情が消えた。
帳面を引き寄せた。二十三行目の数字に顔を近づけ、それから念押しの欄の字を、黒い指でなぞった。唇が、声を出さずに動いた。sénþar、と動いたように見えた。
この頁を足したのは、この老人ではなかったのかもしれない。老人の盤を通っていれば、念押しと合わない数は、たぶん数に入らなかった。
彼は数え盤の石を払って、帳面の数字を一行ずつ置いていった。二十三行目では、念押しのほうの数を置いた。かちかちかち。さっきより、ずっとゆっくりだった。
最後の行まで置き終えて、老人の指が止まった。盤の石を、長いあいだ見ていた。それから頭のほうを見た。頭は、ふん、と鼻を鳴らした。
老人は、机の端に座っている若い書記を見た。若い書記が首をすくめた。
若い書記は、うつむいたまま、机の隅の、雨で波打った荷札の束と、帳面とを、交互に指さして、小さな声で何か言った。濡れた札を、帳面の上に重ねてしまった。そう言っているように見えた。
書いた日には、この行も合っていたのだろう。輪がかすれたのは、そのあとだ。頁の合計を出したのが、あの若い書記だったのかもしれない。数字だけを読んで、念押しまでは見なかった。
若い書記の耳が、赤くなっていた。他人ごとではなかった。崖の上の町で、僕も何度も、わかったつもりで間違えてきた。
老人は帳面を閉じた。
「vérin.」
さっきより低い声だった。
◆
帳場の中で、誰も口をきかなかった。
僕は板壁の数字を見た。37 × 4 = 148。誰にも預かってもらえなかった数字。
役人が町に来た日のことを思い出した。pá kráila élan。誰が、こいつを持つ。あのとき、ウェレラさんが kráilimor と答えなかったら、僕は今ごろ崖の下にいたかもしれない。
この国では、人は、誰かが預からなければいられないのかもしれない。ちゃんとした身元のある誰かが、自分の名前で引き受けなければ。
数字も、同じなのではないか。
帳面に書く数字には念押しを添えて、盤で確かめて、書いた者が自分の名前で引き受ける。間違っていれば、責めを負うのは書いた者だ。さっき老人に見られて首をすくめた、あの若い書記のように。
僕の数字は合っていた。でも、身元もない、下の国の者だと言われている僕の書いた数字を、自分の名前で引き受ける者はいない。商人も宿の主も、だから一歩離れたのだろう。数字が正しいかどうかとは、関係なく。
だったら、預かってもらえる形にすればいい。数えるのは僕でいい。でも、帳面に書くのは、引き受けられる人だ。
僕は炭を持って、板壁の前に立った。千三百八十八を、僕の数字で書いた。1388。その下に、高原の数字で書いた。
388
輪を積んで、弧を並べて。早見の板の焼き印で覚えた形を、そのまま積み上げた。
それから、自分の胸を指さして、板壁の数字を指さした。数えるのは、僕。
次に、老人の手の中の筆を指さして、机の上の帳面を指さした。帳面に書くのは、あなた。
僕は老人の顔を見て、言った。
「rímbim. líses.」
僕は自分のやり方で数えて、答えを高原の数字で板に示す。あなたがそれを盤で確かめて、念押しを添えて、帳面に書く。帳面に残る字は、全部、帳場の手と目を通って、あなたの名前で引き受けられたものになる。僕の数字は、帳面には一つも残らない。
老人は板壁の二つの数字を、長いあいだ見ていた。僕の数字と、高原の数字を。
それから、ゆっくりと言った。
「térin.」
知らない言葉だったけれど、老人はうなずいていた。
◆
老人は僕の手から炭を取って、板壁の 238 の下に、高原の数字で同じ数を書いた。238。その横に、字で念押しを書き添えた。最後に、指の先で、何かの印のような形を一つ書いた。
それを見て、商人と宿の主は、二百三十八で手を打った。人垣がほどけていった。頭は僕の背中を一度だけばんと叩いて、広場へ戻っていった。
僕も、戸口から出ようとした。
背中に、乾いた声がかかった。
「pón þéles?」
振り向くと、老人が机の前に立って僕を見ていた。
役人が町に来た日、書記はこの問いを、ヒルヴァンに向けた。僕のすぐ目の前で。僕が答えても、筆は動かなかった。
今は、僕に向かって聞いている。
「þélim híro.」
老人は口の中で一度、híro と言った。それから、机の上の紙を一枚引き寄せて、筆を走らせた。何を書いたのかは見えなかった。
筆を置いて、顔を上げた。
「tór dórel.」
荷を担ぐためではなく。この机の前に、明日、来い。
本当なら、明日はウェレルと町へ帰る日だった。帰り道の予定まで、その一言で変わった。
僕は頭を下げた。
帳場を出ると、乾いた風が正面から吹きつけてきた。腕木の根元で、ウェレルが背負い枠に腰かけて口を半分開けたまま、こちらを見ていた。
ウェレルは跳ねるように立ち上がって、大声で何か言いながら駆けてきた。崖道の早口で、半分もわからなかった。でも、帳場、明日、と言っているのは聞き取れた。それから、ウェレルは僕の頭を両手でつかんで、髪をぐしゃぐしゃにかき回した。
手のひらを見ると、炭の黒がついていた。指の腹から、なかなか落ちなかった。
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