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何かが崖を上ってきた。
石碑を見に行ってからも、水汲みと薪運びの日が続いた。夜は炉の脇の灰に、覚えた字を書いた。最初に気づいたのは、そんな朝の水汲みのときだった。井戸へ向かう道の先が、白く煙っていた。煙だと思った。どこかの家が燃えているのかと思った。
だが、焦げたにおいはしなかった。かわりに湿ったにおいがした。雨の降る前の土のにおいに似ていた。この町に来てから、一度もかいだことのないにおいだった。
白いものは崖の縁のほうから、ゆっくりと町へ流れこんできていた。地面を這うように、低く、重たく。石垣を乗り越えて、道を埋めて、家々の足もとにたまっていく。
霧だ。
あの日、岩棚から見下ろした崖の下には、白いもやが広がっていた。その白いものが、崖を這い上がってここまで来たのだ。
セルヴィーニャンが、桶を持ったまま崖のほうを見て、何かつぶやいた。いつものはしゃいだ声ではなかった。
次の朝、戸口を開けると、家の前に白い壁が立っていた。
ヒルヴァンが薪を取りに出ていった。二歩で背中がかすんで、三歩で見えなくなった。
僕は戸口から身を乗り出して、呼ぼうとした。
「hílv――」
後ろから、乾いた手が僕の口をふさいだ。
ウェレラさんだった。僕の口から手を離さないまま、霧の向こうを指さして、首を何度も横に振った。目が、怖いくらい真剣だった。
何がいけないのかは、わからなかった。名前を呼んではいけないのか、霧に向かって大声を出してはいけないのか。
ウェレラさんが手を離したのは、霧の中から、薪を抱えたヒルヴァンが戻ってきてからだった。
◆
霧はその日から晴れなかった。
朝も昼も、町は白い中に沈んでいた。人の背丈くらいの高さまでが、いちばん濃い。井戸の前に立つと、向かいの家の戸口がもう見えない。屋根の上にいくと霧は少し薄くて、空がぼんやり明るいのはわかったけれど、太陽の形はぼんやりとしか見えない。夜には、星がひとつも見えなかった。
霧は音も吸いこんだ。井戸の縄のきしみも、誰かの話し声も、少し離れると綿でくるんだようにくぐもって、どこから聞こえてくるのかわからなくなる。外を歩くと、毛皮の上着の毛の先に、細かい水の粒がびっしりついた。まつげにもついた。瞬きをすると、冷たいものが目に入った。
家の中も湿っていた。炉の煙は、天井の穴からうまく抜けなくなって、梁の下に重たく溜まった。寝床の毛皮は、朝になるとしっとりと冷たかった。
町の人たちは、目に見えて落ち着かなくなった。井戸端の女たちは口数が少なくなった。夜、炉の前で、ウェレラさんはときどき天井を見上げて、小さく何か唱えた。
ヒルヴァンは、毎晩日が暮れると一度家を出ていって、しばらくして戻ってきた。どこへ行くのかは、わからなかった。
一度だけ、夕方の水汲みの帰りに見かけたことがある。町の北の外れ、道が霧の中へ消えていくところに、ヒルヴァンが立っていた。弓も持たず、腕を組んで、道の先の白いところを、じっと見ていた。僕に気づくと、何でもないような顔をして、反対のほうへ歩いていった。
地面の雪が溶けはじめて、道はぬかるみになった。
スニーカーは、二日でぐしょぐしょになった。泥は靴紐の穴から染みこんで、靴下まで冷たく濡らす。夜、炉のそばで乾かしても、朝にはまだ湿っていて、足を入れると、ぐしゅっと鳴った。指の先が、一日じゅうかじかんでいた。
五日に一度のサウナの日が来ても、町の外れの小屋から煙は上がらなかった。次の五日目も上がらなかった。霧のあいだは焚かないらしい。僕にとってはそれが何よりも残念だった。かわりに、炉で温めた湯を桶に取って、布を浸して体を拭いた。湯はすぐにぬるくなった。拭いたそばから、湿った空気がまた肌にまとわりついた。
体を拭きながら顎をなでると、口のまわりに細い髭がいつの間にか伸びていた。向こうにいたころは、ときどきカミソリを当てていた。ここには、カミソリなんてない。伸びるにまかせるしかなかった。
薪の切れ端の刻み目は、三十本を超えていた。僕が落ちてきてから、ひと月と少し。冬が終わったのだろうか。でも、あたたかくはならない。湿っていて、冷たい。冬よりも骨にしみる寒さだった。
◆
その夕方、霧の向こうから足音が聞こえた。
セルヴィーニャンが、真っ先に顔を上げた。機の前に座って糸を巻いていた手を止めて、戸口のほうへ耳をすませた。
それから、巻きかけの糸玉を放り出して、外へ飛び出していった。床に落ちた糸玉が、ころころと炉のほうへ転がった。
僕は戸口まで行って、外をのぞいた。
霧の中から、人の影が浮かび上がってきた。大きな荷を背負った、背の高い影だった。荷を支える帯を額にかけて、少し前かがみに歩いてくる。その影のすぐ後ろに、もう一つ、大きな影がついてきていた。ヒルヴァンだった。
影に、セルヴィーニャンがぶつかるようにして抱きついた。
影は、荷の重さによろけながら、セルヴィーニャンを片腕で受け止めて、笑った。女の人の声だった。
「hóinsim.」
なんと言っているのかは、わからなくてもわかった。
「hóinses!」
セルヴィーニャンが、顔をうずめたまま言った。いつもより、ずっと幼い声だった。
◆
女の人は家の中に入ってくると、額の帯を外して、背中の荷を下ろした。帯の当たっていた額に、赤い跡がくっきりと残っていた。ヒルヴァンが無言でその荷を受け取って、壁ぎわに運んだ。何も言わなかった。女の人のほうも見なかった。
毎晩、日が暮れるとヒルヴァンが出ていったのは、これだったのだ、と思った。北の外れの、霧の中に消えていく道。あそこで、彼女が帰るのを待っていたのだ。
ウェレラさんが女の人の両手を取って、何か言った。女の人はウェレラさんの肩に額を当てた。しばらく、そのまま動かなかった。
この家には寝床が五つあって、今まで、僕を除いて三人しかいなかった。織りかけのまま止まっていた機。そして、今のセルヴィーニャンの喜びよう。
たぶん、セルヴィーニャンの母親だ。
年は、ヒルヴァンと同じくらいだろうか。背が高くて、目元の涼やかな感じがセルヴィーニャンとよく似ていた。編んだ髪を首の後ろで丸く巻いて、骨の留め具で留めていた。留め具には、色のついた糸が巻いてあった。長靴のような革の履き物は、膝の下まで泥で固まっていた。何日も、ぬかるんだ道を歩いてきたのだろう。
その目が、僕のところで止まった。
「pá ésa?」
女の人は、ウェレラさんに向かって、短く言った。
崖の上から最初に呼びかけられたときの言葉に、少し似ている気がした。少なくとも、僕のことをたずねているのはわかった。誰だ、とか、何だ、とかだ。
ウェレラさんが答えた。
「ésa fúnelos.」
三度目だ。最初の夜の崖の上で、町の人たちの前で、寄り合いで。そして今、女の人の前で。ウェレラさんは、僕のことを人に説明するとき、いつもこの言葉を使う。
女の人はそれを聞いて、怪訝そうに眉を動かして、僕の前まで歩いてきた。そして、僕を、頭のてっぺんから足の先まで、ゆっくりと見た。
僕を見る町の人たちの目つきとは、すこし違った。何というか、品物を見る目のようだった。大きさを測って、目方を量って、どれくらいもつか、どこがほつれているかを確かめる目。
それから、女の人は自分の胸に手を当てた。
「þélim fleurélan.」
僕も胸に手を当てた。
「þélim híro.」
女の人は、口の中で híro と一度くり返した。その音を確かめるように、もう一度だけ、口の中で転がした。町の人たちのように笑いはしなかった。
僕は、もう一つ言ってみた。さっきセルヴィーニャンが彼女に言った言葉を。
「hóinses.」
女の人の眉が、すっと上がった。それから、ウェレラさんのほうを見た。ウェレラさんは肩をすくめて、小さく笑った。
女の人は僕に向き直って、ほんのわずかだけ、口の端を上げた。
「fláinim.」
ヒルヴァンが、壁ぎわから振り返って、女の人を呼んだ。
「fleuréla.」
n が、ない。確かに fleurélan と名乗ったはずなのに。
セルヴィーニャンが名乗ったときは、selvíñan。ウェレラさんが呼ぶときは、selvíña。母親が名乗ったときは、fleurélan。ヒルヴァンが呼ぶときは、fleuréla。
名乗るときと、呼ばれるときで、名前が違う? そんなことがあるのだろうか。
フレウレランは――と、とりあえず頭の中で呼んでおくことにした――炉のそばに荷を広げた。中から出てきたのは、ほとんどが布だった。きっちりと畳まれた、厚い毛織りの布。灰色のもの、生成りのもの、それからひとつだけ、生成りの地の縁に、黄色い糸を細く織りこんだもの。布の束からは、この家とは違う煙のにおいがした。
フレウレランは、その縁の黄色いものを取り上げて、セルヴィーニャンに差し出した。
「kráil rásan.」
セルヴィーニャンはそれを受け取ると、両手で広げて、声を上げた。畳まれていたときは布の束かと思ったが、広げると袖がついていた。rása は、服のことらしい。そういえば、ヒルヴァンが毛皮の上着を投げてよこしたときにも、こんな音が混じっていた気がする。
「rása sé!」
rása。n が、ない。
同じ上着なのに、「持て」の後ろに来たときだけ、n がつく。前にも、同じことがあった。粥は lúsa なのに、寄り合いの夜、ウェレラさんが粥を食べさせると言ったときは、lúsan だった。
何かを、食べさせる。 何かを、持つ。 何かを、名乗る。
n は、「を」だ。
「粥を」「服を」「フレウレラを」。名乗るときに名前の後ろに n がつくのは、「フレウレラを名乗る」と言っているからだ。
þélim selvíñan。
母親の腕にぶら下がるようにしている女の子に目をやる。この子の名前は、selvíña だ。
確かめずにはいられなかった。僕は、炉のそばに脱いで置いてあった毛皮の上着を、両手で持ち上げた。
「kráilim rásan.」
セルヴィーニャが、ぱっと顔を上げた。それから僕を指さして言った。
「kráiles rásan!」
フレウレラさんが、眉を上げて、娘と僕を見比べていた。
だとすると、n を付けて呼んだあの朝、僕はこの子を「セルヴィーニャを!」と呼んだことになる。笑われるわけだ。
でも、そうすると、わからないことが一つ残る。
この子の名前が selvíña なら、僕が最初に井戸端で「selvíña」と呼んだとき、なぜあんなに笑われたのか。ウェレラさんと同じ呼び方をしたはずだ。それなのに、女の人たちは笑って、セルヴィーニャは真っ赤になった。
正しい名前で呼んでも、笑われる。名前は合っているのに、呼び方が間違っている、ということがあるのだろうか。
わからなかった。わからないから、これまでどおりに呼んだ。
僕はセルヴィーニャのほうに向き直った。縁の黄色い上着を肩に羽織って、うれしそうに体をひねっている。
「té.」
セルヴィーニャは、ぴたりと動きを止めて、僕をにらんだ。
フレウレラさんが吹き出した。
笑いながら、フレウレラさんはセルヴィーニャに何か言った。セルヴィーニャは、ますます口をとがらせて、何か言い返した。フレウレラさんは、もっと笑った。笑うと、目尻に細い皺がたくさん寄った。
何を言われているのかはわからなかったけれど、僕がおかしなことをしているのは、わかった。
やがてセルヴィーニャは、ふくれっつらのまま、僕の前に来た。自分の胸を指さした。
「selvíña.」
それから、炉を指さして、足もとの床を指さした。
「un bóraloi.」
次に、戸口を指さした。首を横に振った。それから肩をすくめて、いかにも仕方なさそうに言った。
「……té.」
家の中では、selvíña。外では、té。
そういうことらしかった。どうしてなのかは、わからなかった。
その夜から、僕は家の中でだけ、この子を名前で呼ぶようになった。
◆
その夜、炉のそばで、フレウレラさんが僕の袖をつまんだ。
ブレザーの袖だった。
落ちてきたときからずっと着ていた、学校の制服のブレザー。ヒルヴァンの毛皮の上着の下に、今も着ている。紺色の生地は、岩でこすれて、ところどころ毛羽立っていた。霧のせいで、袖口が湿って、少し重くなっていた。
フレウレラさんは、袖の生地を、親指と人差し指でゆっくりとこすった。それから、袖口を裏返した。縫い目を火に近づけて見た。指先で、縫い目を一つずつなぞった。どの目も同じ長さで、同じ間隔で、少しのゆがみもなく並んでいる。ボタンをつまんで、裏返して、また表にした。胸の校章の刺繍に、爪の先で触れた。最後に、もう一度袖の生地を火にかざして、細い糸の並びを目で追った。
その顔から、さっきまでの笑いが、すっかり消えていた。
炉の向こうで、セルヴィーニャが上着の縁の黄色い糸をいじる手を止めた。ヒルヴァンが顔を上げた。
フレウレラさんは顔を上げて、僕の目をまっすぐに見た。
「pá téenda rásan sé?」
フレウレラさんは、僕の答えを待たずに、両手を胸の前に出して、動かしてみせた。片手で、何かを左右に通す。もう片方の手で、手前にとんとんと打ちつける。布を織る手つきだった。
誰がこの服を織った、だ。
僕は口を開けて、何も言えなかった。
誰が織ったのかなんて、知らない。たぶん、どこか外国の工場の機械だ。人は、誰も織っていない。しかし、それをどうやって伝えればいいのか。機械、という言葉も、工場、という言葉も、僕はここの言葉で知らないし、そもそもこの世界にそれに当たるものがあるのかどうか。
僕は首を横に振った。わからない、という意味で。
フレウレラさんは、僕の顔をしばらく見ていた。それから、ウェレラさんのほうを振り返って、低い声で言った。
「na téenda páin rásan sé.」
この服を、織って、いない。そんな意味に聞こえた。páin だけが、引っかかった。
ウェレラさんは答えなかった。炉の火を見つめて、長いこと黙っていた。
フレウレラさんは立ち上がると、荷の中から、灰色の布をもう一つ取り出した。
ただの布かと思ったら、これも上着だった。厚い毛織りの、膝まである上着。袖も、襟も、きちんと仕立ててある。新しい。まだ誰も袖を通していないように見えた。
フレウレラさんはその上着を広げて、僕の肩に当てた。肩の幅を見て、袖の長さを見て、うなずいた。
ヒルヴァンが何か言いかけた。口を開いて、フレウレラさんの手の上着を見て、それから口を閉じた。
フレウレラさんは、上着を僕の胸に押しつけた。
「plél.」
僕は上着を受け取った。重かった。フレウレラさんは、僕のブレザーの襟をつまんで、引っぱった。これを着ろ、ということらしい。
僕は毛皮の上着を脱いで、ブレザーを脱いだ。灰色の上着に袖を通した。袖は少しだけ長かった。肩はぴったりだった。目の詰んだ厚い生地は、霧の湿気をはじいて、ブレザーよりずっとあたたかかった。
フレウレラさんは、僕の脱いだブレザーを手に取った。
ていねいに畳んだ。袖を内側に折って、校章が見えないように裏返して、小さく、四角く。
それから、部屋の隅の木の箱のふたを開けた。中に入っていた布を何枚か取り出して、ブレザーを箱のいちばん底に置いた。その上に、取り出した布を戻して、ふたを閉めた。
ふたが閉まる、ことん、という小さな音がした。
ひと月以上、毎日着ていた服だった。寝るときに脱いでも、朝にはまた袖を通した。これだけは、しまいこめなかった服。それが、あっけないほど簡単に、箱の中へ消えた。
フレウレラさんは、セルヴィーニャのほうを振り返って、言った。
「mé vír.」
聞いたことのある音だった。
若い男たちが、tóro híro と僕をからかったとき、ウェレラさんが男たちに向かって鋭く叫んだ言葉だ。あのときは、叱りつけている、ということしかわからなかった。
今はわかる。箱の底に沈めたブレザーと、フレウレラさんの顔を見れば。
mé vír。
セルヴィーニャは、真剣な顔でうなずいた。
それから、フレウレラさんの目が、僕の足もとに落ちた。
スニーカーだった。泥にまみれて、白いゴムの底だけが、炉の火を映していた。
フレウレラさんは眉を寄せた。ヒルヴァンのほうを振り返って、低い声で何か言った。
ヒルヴァンは、面倒くさそうに鼻を鳴らした。それでも、僕の前にしゃがみこんだ。僕のスニーカーの横に、手のひらを当てた。親指と小指をいっぱいに広げて、かかとからつま先までを、二度測った。
それから、何も言わずに立ち上がって、炉のそばに戻った。
足の大きさを測られたのは、わかった。履き物を用意してくれるのだろうか。そこまでしてもらっていいのか、僕にはわからなかった。
しばらくして見ると、ヒルヴァンはフレウレラさんの隣に座っていた。二人とも何も話していなかった。フレウレラさんの手が、一度だけ、ヒルヴァンの背中に置かれて、すぐに離れた。
◆
その夜、僕は灰色の上着にくるまって、寝床に横になった。
新しい毛織りのにおいがした。羊とも違う、少し脂っぽいにおい。それから、かすかに、知らない家の炉の煙のにおい。どこか遠くの町の。
ブレザーは、箱の底にある。
あれは、僕がこの世界の外から来たことの、いちばん目立つ証拠だった。スマホも、財布も、鞄もなくした。残っていたのは、ブレザーと、スニーカーと、シャーペンとレシートだけだった。
その一つを、フレウレラさんは箱の底にしまった。
取り上げられたのだろうか、と最初は思った。
でも、たぶん違う。
ウェレラさんは、町の人たちの前で、大きな声で「ésa fúnelos」と言う。何の意味かはまだわからないけれど、みんなに聞こえるように言う。
フレウレラさんは、黙って箱にしまう。誰にも言うな、と言う。
どちらも、僕を守ろうとしてくれているのかもしれない。でも、やり方が正反対だった。
何から隠すのかは、わからなかった。
町の人からだろうか。あの人たちは、もう僕のことを知っている。今さら隠しても遅い。
だとしたら、もっと外の、誰か。
まだ僕の会ったことのない、誰かから。
霧の向こうで、風が崖を這い上がってくる音がしていた。星は、今夜も見えなかった。
僕は、少し長い上着の袖を、指でつまんだ。
この上着は、誰のためのものだったのだろう。僕には少し長くて、ヒルヴァンには小さい。セルヴィーニャやウェレラさんには大きすぎる。
壁には、まだ何も掛かっていない釘が一本ある。寝床も一つ、持ち主がいない。今、僕が横になっている、この寝床だ。
いつか、寝床の主も霧の中から帰ってくるのだろう。
そのとき、僕がこの上着を着ているのを見て、何と言うのだろう。
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