第23話 出し合い

雨季の雨は、静かだった。

叩きつけるような雨ではない。空の高いところから、細い糸を垂らしたような雨が、朝から晩まで、屋根の石を濡らしつづけた。軒から落ちる雫の音が、町じゅうの家の戸口で、途切れずに鳴っていた。縁の肩の苔が、ひと晩ごとに厚くなった。

雨季は、家にこもる季節だ。

去年の雨季、僕はウェレルについて、ドゥランドの大石段で荷を担いでいた。今年の雨季は、町の大きな倉の中にいた。

帳場は、雨季には暇になる。硬木は乾季にしか下りないし、崖の下の市も開かない。レウマンさんは、綱の工事のあいだ町に帰っていいと言ってくれた。十日に一度、帳面の整理に通えばいい。

◆

倉は、一年前とは違う顔をしていた。

奥の暗がりに、硬木の丸太が八本、寝かせてあった。冬の終わりに、シラノたちが運んできた山猫の谷の丸太だ。地面が解けて、橇が動かなくなる前に、運べるだけ運んだ。冬が終わったいま、谷へ引き返すことも、ドゥランドへ引いていくこともできない。次の冬まで、ここで待つ。

それを、倉の炉が預かっていた。

シラノは、預かり賃を払った。青銅の小刀を二本と、干した肉の束。それが、何百年ぶりかに倉の炉に入った、預かり賃だった。

エルサンは、その小刀を、炉の上の棚にいちばん目立つように並べた。

倉の老人の話では、倉の炉は昔、旧道の荷を預かって暮らしていたのだという。下ろす荷を倉に預かり、運び人の手がそろうのを待つ。その預かり賃で、町じゅうの炉の中でいちばん大きな倉を守ってきたらしい。でも、旧道に荷が来なくなってから、何百年も、倉はただの雑穀置き場だった。

寄り合いで、綱場の話が出たとき、エルサンは倉の奥の、いつもの場所に座っていた。

何人かの炉の主が、まだ顔をしかめた。国交省のこと。崖のこと。霧の季節のあとに端材を一つ下ろしたくらいで、何がわかるのか、と。

エルサンが、立ち上がった。

倉の中が、静かになった。

エルサンは、誰の顔も見ないで、倉の天井の暗がりを見上げたまま言った。

「fíndir virán híros fúnelos尋の綱の話を聞いてやれ.」

それだけ言って、また座った。

倉の老人が、白いひげの奥で、少しだけ笑った。

次の朝、ドルヴァルの炉の戸口を開けると、石の敷居の上に、雑穀の壺が一つ置いてあった。

小さな壺だった。蓋の上に、倉の炉の印が押してあった。

一年前の冬の寄り合いで、太った男が言った。落ちてきた者に回す雑穀はない、と。

ウェレラさんが、僕の後ろに立って、壺を見ていた。何も言わなかった。それから、僕の頭を、手のひらで二回、ぽんぽんと叩いた。

◆

雨季の初めに、山猫の谷から、木の皮が届いた。

谷の奥の、皮のよく剥ける木の皮だった。樹液が上がってくるこの季節にしか、剥がれない。谷の人たちが、雨の中で何日もかけて剥いで、背負って運んできた。トカリーニャも、背負い枠いっぱいの皮を背負って、裸足で下りてきた。

皮を水に浸けて、柔らかくなったら叩いて、内側の白い繊維を取り出す。繊維を干して、梳いて、撚って糸にする。糸を三本撚り合わせて細い綱にし、細い綱を三本撚り合わせて、太い綱にする。

町じゅうの炉が、倉に集まった。

倉の床に、繊維の束が積み上がった。女たちが車座になって、指先で糸を撚った。男たちは、倉の端から端まで糸を張って、撚りをかけた。年寄りたちは、撚りの数を数えた。綱打ちの歌があった。撚りをかけるたびに、一節ずつ歌う。

倉の中が、湿った繊維の匂いと、炉の煙と、歌でいっぱいになった。

トカリーニャは、繊維を梳く手が、誰よりも速かった。指先で一本ずつ繊維をつまんで、長さと強さを確かめる。弱い繊維は、黙ってはじいた。隣で梳いていたセルヴィーニャが、はじかれた繊維を拾って、首をかしげた。トカリーニャは、その繊維を両手で軽く引いてみせた。ぷつりと切れた。

セルヴィーニャが、目を丸くした。それから、笑った。

二人は、ほとんど言葉を交わさなかった。でも、その日から、並んで繊維を梳くようになった。

僕は、倉の隅で、板に数を書いていた。

◆

工事にかかるものを、全部、数にした。

綱は、百二十綱。継ぎ場の巻き胴が三つ、腕木が六本、車輪が六つ。滝の棚の跡の足場の、硬木の梁が八本。車輪の軸受けに、青銅。

働く人は、町から三十人、山猫の谷から十人あまり。雨季のあいだ綱を打ち、秋のあいだ崖を作る。その人たちが、そのあいだ食べる雑穀。一人が一旬に一枡。四十人が、八か月あまり。

百壺だった。

町の寄り合いの倉の蓄えは、二十八壺。どこの炉にも、余りはない。

町だけでは、足りない。

でも、この工事で得をするのは、町だけではない。

◆

雨季の半ば、倉に、三つの側の者が集まった。

町の寄り合いからは、ウェレラさんと、エルサンと、倉の老人。山猫の谷からは、シラノ。

それから、崖の下から、一人の女が上がってきていた。

年の始まりのころに、ドゥランドの帳場で会った、縁商人の女だった。ダーロルの訛りの強い高原の言葉を話し、高原の字で帳簿をつける人。縁の市が閉じている雨季に、崖道を上がってくる縁商人はいない。ウェレルが、ドゥランドの運び人の伝手で、崖の下まで言づてを送った。女は、それを聞いて、自分で上がってきたのだ。

倉の戸口で、僕の顔を見ると、少し目を細めた。

「aurénde selvá息が昇りますように.」

ダーロルの訛りのある、高原の挨拶だった。

「an ilánais星々へ.」

僕が返すと、女は口の端を上げた。一年前、帳場で、彼女が返してくれた言葉だった。

◆

僕は、板を立てかけた。雨季のあいだ、毎晩、倉の隅で書きためてきた板が、六枚。

数字は高原の数字で書いて、念押しの字を添えた。女のために、ダーロルの十二の数え方で書いた数も、脇に並べた。

でも、この倉の中で板の字が読めるのは、ウェレラさんとセルヴィーニャと、あの女くらいだ。

口で言うしかなかった。

◆

一枚目を、指で叩いた。

「éndrai mánan sénþar kúrmur.働く人が百壺食べる」

炉の主の一人が、思わず声を上げた。

「sénþar!」

町の蓄えの、三倍半。僕は、その下の行を指さした。綱の打ち直し。歯止めの番の手当。担ぎ手の手当。

「ín tráimel silóur, límombar kúrmur.それから、毎年、五十壺」

何人かが顔をしかめた。エルサンが、腕を組み直した。

二枚目。

「ín gandér, ín kúrmo.丸太一本で、一壺 ín tráimel, sénþar gandérur.一年に、百本」

それに、倉の預かり賃と、塩の上げ賃。板の数を、指で一つずつ叩いていった。

「táulimor sénþar sóurombar kúrmur.入るのは百六十壺」

倉の奥から、誰かが言った。

「pómbar sláura?いくら残る」

「sénþar ombár.百十」

倉の中が、ざわめいた。

◆

三枚目は、シラノに向けた板だった。

ドゥランドで山猫の谷の丸太が払っている、降ろし賃と、順番を待つ待ち賃。帳場の帳面で、毎日見ていた数だ。

「un dulándoi, ín gandér, dáu kúrmou si déral.ドゥランドでは、一本で、二壺と半分 séndoi, ín kúrmo.ここなら、一壺」

シラノは、太い指を折って数えはじめた。途中で、指が足りなくなった。

「pómbar?」

「sénþar límombar.百五十」

毎年。シラノが、口笛を吹いた。

それから僕は、冬に帳場を出るとき写してきた書付の、等級外の印を指さした。割れ、という印だ。ふつうの年は、百本に三本。七年前の冷えた年の次の年は、百本に十七本。

「tráimel klér, krásan ombár fáir gandérul silóur.冷える年には十四本も多く割れる」

シラノの顔から、笑いが消えた。隣で、トカリーニャが、膝の上の拳を握った。谷の底で一年待たされる丸太を、毎日叩いて回るのは、この子だ。

シラノは、トカリーニャの頭に大きな手を置いた。それから、僕を見て、うなずいた。

「éun.いいだろう ín gandér, ín kúrmo.一本、一壺」

◆

四枚目は、この町の板だった。

泊まる人。食べる人。手当をもらう町の人。上がってくる塩。

「tóran éndrai, nóiran séndoi, mánan.人が来る。ここで寝る。食べる」

倉の老人が、身を乗り出した。その後ろで、宿主の炉の主が、首を伸ばしていた。

でも、この板の数は、半分くらいはあてずっぽうだった。一晩の寝床と粥の値は、ドゥランドの宿の値から借りた。谷の樵が本当にここで一晩泊まるのか、外から何人来るのか、確かめたわけではない。

言っておかなければならない、と思った。

「na þílim ó.わからない vándim ó.量っただけだ」

エルサンが、ふん、と鼻を鳴らした。でも、その目は、さっきより少しだけ、板に近づいていた。

宿主の炉の主が、四枚目の数の半分のところを、指でなぞった。半分になっても、まだ四十壺。僕は、うなずいた。

見積もりを、見積もりと言って出す。何十冊も読んだ異世界の話のどれかで、商人になった主人公が、そんなことを言っていた気がする。

五枚目は、国交省の取り分だった。これは、ここではなく、ドゥランドへ持っていく板だ。

◆

六枚目は、借りの返し方だった。

工事の百壺のうち、縁商人の女の塩が五十壺分。山猫の谷が、働き手の食い扶持と、繊維と、柱で、三十壺分。町が、寄り合いの蓄えと、炉ごとの持ち寄りで、二十壺分。

それから、一つ、言わなければならないことがあった。

僕は、板の「一年目」の行を指さした。

「ín tráimelei, ánþa gandérul.一年目は、八本」

「ánþa?」

炉の主の何人かが、顔を見合わせた。

谷の丸太は、冬にしか橇で運べない。工事が終わる秋の終わりに、ここにあるのは、倉の八本だけだ。

僕は、その次の行を指さした。二年目の冬、谷で一年待った丸太と、その年に伐った丸太が、二百本近く。

「esós, méiran grúndo un dáu tráimelaun.だから、二年で、借りを返せる」

縁商人の女が、目を細めて、板の「八」の字を見た。それから、もう一度、僕の顔を見た。

八本のことを言わずに、百本の数だけを並べておけば、倉の中の人たちは、もっと早くうなずいたかもしれない。でも、それは、念押しを書かずに、数字だけを渡すのと同じだ。

倉の中が、静かになった。

◆

縁商人の女は、六枚の板を、端から端まで、もう一度見た。ダーロルの数え方で並べた脇の数を、指で一つずつ確かめていた。

「méirim sáko.塩を出す」

それから、指を一本、立てた。

「auríþir sáko némes, duói ómbra.わたしの塩を、先に上げて。ほかのは、そのあと」

西の崖のすそは、白糸川の河口に近い。女が運んでくる塩は、今は何日もかけて、ドゥランドの下まで運ばれている。

それから、僕の顔を見て、口の端を上げた。

「weinéndes orenvandárあんた縁商人になればいいのに.」

倉の中で、誰かが笑った。エルサンだった。

それから、僕は証文を書いた。

帳場で、何百枚も見てきた形だった。日付。相手。品。数。その下の行に、念押し。最後に、印の欄。山猫の谷と、縁商人の女と、町の寄り合い。三つの側の、三枚の証文。

自分の手で、数字を書いた。念押しの括りで、前と後ろを挟んだ。

僕自身の、七十壺の借りの証文と、同じ形だった。借りを背負って、返す道を数える。それがどういうことか、僕は知っている。

ウェレラさんが、三枚の証文に、ドルヴァルの炉の印を押した。エルサンが、倉の炉の印を押した。シラノが、山猫の谷の焼印を、小さな木の札に押して添えた。女は、市の札の印を押した。

◆

残っているのは、許しだった。

崖を下りる荷は、すべて国交省の降ろし場で検める。それが、国交省の決まりだ。硬木は、林野庁が焼印と等級を確かめ、林野庁の決めた降ろし場から下ろす。それが、林野庁の決まりだ。

フネローラの綱場から硬木を下ろすには、その二つの役所の許しが要る。

許しを得るには、言い分が要る。新しい降ろし場を勝手に作るのではない。昔からあった降ろし場を、もう一度開くのだ。そう言うには、昔、本当にここに降ろし場があったという、証しが要る。

旧道の碑の言葉は、ある。綱が下ろす荷と、綱が上げる荷は、綱番が預かるべし。

でも、碑は、いつ刻まれたのかがわからない。

僕は、倉の天井を見上げた。

黒ずんで、ひびの入った、太い梁。冬に、山猫の谷の丸太の前で、僕が見上げた梁だ。

あの梁は、いつ伐られた木なのだろう。

◆

次に谷から皮を運んできたとき、トカリーニャは、背負い枠の上に、布にくるんだ包みを載せていた。

包みを解くと、薄い板が何枚も出てきた。どれも、丸い木の輪切りだった。木口に、細かい輪がびっしりと刻まれている。黒ずんで古いものから、まだ白いものまで。どの板の縁にも、刻み目と、字のような印が彫ってあった。

「méira andaulóuraばあさまが貸してくれた.」

巫の家の、年の板だった。

トカリーニャの話では、代々の祖の木が倒れたとき、巫はその幹の輪切りを一枚ずつ残してきたのだという。輪の一本一本に、巫が唱えてきた年を重ねて。いちばん古い板は七百年近く前の年から始まっている、と彼女は言った。

一本の祖の木の年輪は、三百年あまりしかない。でも、古い祖の木の板と、新しい祖の木の板を、狭い輪の並びで重ね合わせていけば、ずっと昔まで、年がつながる。

本で読んだ学者も、同じことを書いていた。何本もの木の並びを、少しずつ重ねて、千年をさかのぼる。

巫の家は、それを、何百年も前からやっていたのだ。

◆

倉の梁を読むのに、三日かかった。

エルサンが、梯子を出してくれた。梁の木口は、壁の中に埋まっていて見えない。でも、梁の端の、壁から突き出たところに、昔、鋸で切り揃えた跡があった。トカリーニャが梯子を上って、その木口の煤を、濡らした布で何度も拭った。黒い煤の下から、輪が現れた。

梁は角材に削ってあった。でも、ひと角だけ、丸太の丸みが削り残されていて、そこに、樹皮の跡が薄くこびりついていた。樹皮のすぐ内側の輪が残っている。その輪が、この木が伐られた年の輪だ。

彼女が輪を一つずつ指でたどって、狭い輪と広い輪の並びを、声に出して読み上げた。僕が下で、それを板に書き取った。狭い輪は、炭で黒く塗る。広い輪は、白いまま。黒と白の並びが、板の上に、帯のように伸びていった。

それから、二人で、巫の年の板と突き合わせた。

黒と白の並びを、年の板の上で、少しずつずらしていく。合わない。ずらす。合わない。ずらす。

二日目の夕方、合った。

狭い輪が三本、間をおいて並んだところ。その次に、狭い輪が五本続いたところ。梁の並びと、二百年近く前に倒れた祖の木の板の並びが、そこで、ぴたりと重なった。

トカリーニャが、指で、梁の最後の輪、樹皮のすぐ内側の輪を、年の板の上でたどった。

「lím sénþarul dáumbar五百二十.」

五百二十年前。倉の梁の木は、五百二十年前に伐られていた。

ドゥランドの降ろし場ができたのは、四百五十年ほど前だ。帳場で古い記録をめくっていたとき、レウマンさんがそう教えてくれた。倉は、それより七十年も前から、ここに建っていたのだ。

次の日、倉の奥から、古い腕木の根もとを出してきた。

冬の終わりに、綱場の水の穴の底から掘り出して、倉にしまっておいたものだ。腕木は削らない丸太のまま立てたらしく、根もとには樹皮のかけらが張りついていた。トカリーニャが、その根もとの、腐っていない芯のところを叩いて、輪を探した。

「fáir sénþarul ombár lím四百十五.」

四百十五年前。旧道の綱場の腕木は、ドゥランドの降ろし場ができてから、三十年あまりもあとに、組み直されていた。

ドゥランドに降ろし場ができても、フネローラの綱場は、まだ荷を上げ下ろししていたのだ。

倉の老人が、梁の黒と白の帯を描いた板を、長いあいだ見ていた。それから、小さな声で言った。何と言ったのかは、聞き取れなかった。でも、老人の目が、濡れていた。

◆

雨季の終わり近く、ドゥランドへ下りた。

ウェレラさんと、ヒルヴァンと、シラノと、僕。それに、トカリーニャ。旧道の碑の拓本と、倉の梁と腕木の帯を描いた板と、六枚の数の板と、三枚の証文を背負って。巫の年の板は、持っていかなかった。巫が、そう言いつけた。年の板そのものが、巫の家の知恵なのだ。かわりに、巫の印を焼いた木の札を、トカリーニャが首にかけていた。

国交省の白い建物の、奥の部屋だった。

机の向こうに、二人の男が座っていた。

一人は、緑の上着の役人。一年前、僕を荷と書いた人。それから、僕の腰に役の札を渡した人。

もう一人は、知らない男だった。上着は、深い緑と、黄色と、茶色。役人と同じ三枚。でも、その上に、木の葉の形の銀の飾りを、胸に下げていた。痩せていて、顔が白かった。都の人の顔だった。

林野庁の検め役。フレウランという名だと、あとでシラノが教えてくれた。

部屋の隅の机に、セルヴァンがいた。筆を持って、記録を取る役だった。僕と目が合うと、ほんの少しだけ、眉を上げた。

ウェレラさんが、改まった言葉で、長い挨拶をした。僕は、その横で、何を言うかを、何度も頭の中でなぞっていた。

ウェレラさんが、僕を前に押し出した。

僕は、胸に手を当てた。それから、緑の上着の役人の顔を見て、口を開いた。

「áuran, ...」

部屋の空気が、凍った。

セルヴァンの筆が、止まった。ウェレラさんの手が、僕の背中で、ぎゅっと固くなった。フレウランが、白い顔を、ゆっくりと僕に向けた。

しまった、と思った。

役の札の裏に刻まれていた名前。札を渡されたとき、名前を知った。目上の人の名を、口にしてはいけない。知っていたのに。緊張で、頭の中の順番が、全部ずれていた。

部屋の隅から、押し殺した声がした。

「mé vír þelán名を言うな!」

セルヴァンだった。それから、口の形だけで、僕に言った。aurél。あの方。

「aurélあの方...」

僕は言い直して、深く頭を下げた。

役人は、何も言わなかった。顔の筋一つ、動かさなかった。ただ、量るような目で、僕を見ていた。縁鷲の目だった。

長い沈黙のあとで、小さく顎が動いた。続けろ、ということだった。

◆

僕は、背負ってきたものを、机の上に並べた。

旧道の碑の拓本。倉の梁の、黒と白の帯。綱場の腕木の根もとの帯。それから、トカリーニャの首の、巫の札。

それから、言った。言えることだけを、ゆっくりと。

「léunim申し上げます. éso fúnel funelóros fóndelフネローラの綱は古い.」

fóndel。言い方を練習したとき、ウェレラさんが選んでくれた言葉だ。系譜の唱えの頭で聞いた fóndaro に似ているから、ただ古いのではなく、昔から続いてきた古さを言うのだと思う。

「pó éso fóndel何が古い? sén見せよ.」

役人が言った。

僕は、碑の拓本を指でたどった。綱が下ろす荷。綱が上げる荷。それから、倉の梁の帯と腕木の帯を指でたどり、トカリーニャの首の巫の札を示した。

「lím sénþarul dáumbar tráimelais anlúin.五百二十年前 fáir sénþarul ombár lím tráimelais anlúin.四百十五年前」

一語ずつ、区切って言った。数なら、言い間違えない。

セルヴァンが、僕の板の数字を、改まった言葉に直して、記録に書き取っていった。帳場で、僕の出した数に、念押しを添えていたときと同じように。

役人は、拓本を見て、帯を見て、また拓本を見た。

書かれたものを、彼は信じる。碑は、書かれたものだ。そして、木の輪も、書かれたものだった。誰の筆でもなく、何百年分の冬が、一年に一本ずつ、書きつけてきたもの。

◆

フレウランが、口を開いた。

都の言葉だった。セルヴァンの言葉より、さらに改まっていて、さらに冷たかった。半分も聞き取れなかった。でも、フレウランが、トカリーニャの首の巫の札を指さして、それから帯を指さしたのは、わかった。

自分の机の下から、木の切れ端を一つ取り出した。拳ほどの大きさの、硬木の輪切りだった。片面が、きれいに削ってあった。

「plúin kéelan gandér sóこの木はいつ伐られた?」

試されているのだ、と思った。検め役の机の上には、閉じた帳簿が一冊、置いてあった。

トカリーニャが、切れ端を受け取った。

両手で持って、削った面に顔を寄せた。それから、樹皮の側から、一つずつ、輪を指でたどった。唇が、声を出さずに動いた。

僕は、トカリーニャが読み上げる狭い輪の位置を、板に書き取った。

樹皮のすぐ内側の、いちばん外の輪が、かすれたように狭かった。そこから内へ、十六番目に、また狭い輪。四十五番目に、また狭い輪。

間は、十五と、二十九。

七年前と、二十二年前と、五十一年前の冷えた年と、同じ間だった。いちばん外の狭い輪が、七年前の冷えた年だ。その年の輪を最後に、この木は伐られた。

僕は、板の数字を見て、言った。

「nél tráimelais anlúin七年前.」

トカリーニャも、同時に、同じ数を言った。

フレウランは、しばらく黙っていた。それから、机の上の帳簿を開いて、一行を指でたどった。

「vérinそのとおりだ.」

低い声だった。

フレウランは、切れ端を、トカリーニャの手から取り戻さなかった。そのまま、持たせておいた。

◆

役人は、僕の六枚の板を、一枚ずつ見ていった。

五枚目で、その目が止まった。国交省の取り分の板だった。

「pómbar méira brándalei役所にはいくら入る?」

「ín gandér, ín rimbó丸太一本で、一枡.」

役人は、しばらく板を見ていた。それから、何も言わずに、六枚目へ目を移した。

縁鷲の目は、量っていた。でも、何を量っているのかは、もうわかった気がした。

役人は、それから、ほとんど何も言わなかった。

それから、ドゥランドの運び人のことを聞いた。ウェレルが、部屋の外で、運び人の頭と一緒に待っていた。

ウェレルに呼ばれて、運び人の頭が、部屋の戸口に立った。ドゥランドの大石段で、僕に荷の数え方を見せた、あの腹の出た大男だ。頭は、僕をじろりと見下ろした。

「éso aurfáron rúunos némores.上げ荷は俺たちの背中のものだ」

冬に、ウェレルが薪を割りながら言ったのと、同じ言葉だった。

僕は、板をめくった。帳場の帳面から写した数だった。ドゥランドの大石段を上がる塩は、一年に六千箱あまり。西の綱で上がるのは、四百箱。

「ombár lím, ín.十五に、一つ」

それから、西で上がった塩を市まで運ぶ道を、板の上で指でなぞってみせた。狩人の小道。そこを担ぐのも、運び人の背中だ。

最後に、四枚目の板の、継ぎ場の番と担ぎ手の行を指さした。

頭は、黙って板を見ていた。それから、低い声で聞いた。

「pómbar éndrai némores俺たちの者を何人だ?」

「ombár ánþa十八人.」

継ぎ場の番と、担ぎ手。その十八人を、ドゥランドの運び人から、先に雇う。板の端に、そう書いておいた。

頭は、長いあいだ板を見下ろしていた。それから、太い指で、四枚目の板の、十八という数字を、とん、と叩いた。

それから、ウェレルの肩を、一度だけ叩いた。

ウェレルが、ふっと息を吐いた。

役人は、筆を取った。

白い紙に、短く何か書いた。それから、腰の青銅の札を外して、紙の端に押し当てた。

印だった。

紙を、ウェレラさんではなく、僕の前に置いた。それから、初めて、僕に向かって口を開いた。

「ín tráimel一年だ. brúumíro gandér ín, na dulíþo fúnel dóulin一本でも落ちれば、綱はもう下ろさせない.」

一年。

その一年のあいだに、一本でも、硬木を崖から落としたら、フネローラの綱場は閉じられる。

山猫の谷の繊維も、縁商人の女の塩も、町の雑穀も、全部、この一年に賭けることになる。

僕は、紙を両手で受け取った。

部屋の隅で、セルヴァンが、記録の最後に、念押しの括りを書き入れるのが見えた。

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