第24話 西の最初の下ろし

乾季が来て、空が高くなった。

雨季のあいだ屋根の上に低く垂れこめていた雲が、北からの乾いた風にひと晩で吹き払われて、縁の肩の上に、磨いたような青が戻ってきた。崖の下の泥の原が、端から端まで見えた。濡れた鏡のような泥の原の上を、雲の影がゆっくりと滑っていった。

年の始まりの明け方、家じゅうで戸口の外に出て、十の灯が昇るのを待った。ウェレラさんが、家の者の名と年を、一人ずつ唱えた。

「híro, ombár nél尋、十七.」

去年の年の始まりに、十六と数えられた。今年は、十七。この国で迎える、二度目の年の始まりだった。

◆

崖の工事は、上の段から始まった。

乾季になれば帳場は忙しくなる。それでもレウマンさんは、工事のあいだは町にいてよいと言った。帳面は十日ごとに届ければいい。崖を測ったのは僕だから、工事には僕の板が要る。そういうことなのだろう。

縁の綱場の巻き胴は、去年の冬の終わりに、もう二本の綱を逆向きに巻いてある。その仕掛けで、まず、一つ目の氷の棚へ、二つ目の巻き胴と腕木と車輪の材を下ろした。

ヒルヴァンと、山猫の谷の樵たちが、綱を伝って氷の棚へ下りた。棚の岩に、巻き胴の軸を据える穴を、青銅の鑿で彫る。こつ、こつ、と鑿を打つ音が、崖の途中から、一日じゅう上がってきた。

二十日かかった。

氷の棚の巻き胴ができると、今度は、その仕掛けで、三つ目の霜の棚へ材を下ろした。二百三腕。綱場から見下ろすと、霜の棚は、崖の途中の小さな灰色の筋にしか見えなかった。そこで、人が動いている。米粒のような人影が、鑿を振るっていた。

倉の老人の話では、霜の棚は、旧道を下りる人が最初の夜を過ごした棚だったらしい。棚の奥に、風よけの石積みの跡が残っていた。何百年も、誰も泊まらなかった石積み。樵たちは、その石積みを積み直して、雨よけの屋根をかけた。

さらに二十日かかった。

秋の、半ばを過ぎていた。

◆

四つ目は、滝の棚の跡だった。

霜の棚から、百五十腕。崩れた棚の跡。岩の壁が、そこだけ少し引っこんでいる。倉の老人の話では、昔の道役が柱を差しこんだ、四角い穴が残っているはずだった。

でも、それを確かめた者は、誰もいない。

ヒルヴァンが、綱を肩にかけた。

「dúlim ném.俺が下りる」

それから、トカリーニャを見た。

「tás silóur.お前もだ」

崩れた岩が、柱を支えられるのか。それを聞ける耳は、ここには一つしかない。

トカリーニャは、黙ってうなずいた。

その朝、霜の棚から、ヒルヴァンとトカリーニャが、綱で下りていった。僕は、霜の棚の上で、歯止めの棒を握るウェレルの横に立っていた。綱が、少しずつ、車輪の上を走っていった。

崖の下から、風が吹き上げてきた。綱が揺れた。二人の姿が、崖の壁に沿って、小さくなっていった。

長かった。

やがて、綱が止まった。下から、ヒルヴァンの声が上がってきた。

「hóu!」

着いたのだ。

それから、音が上がってきた。

こつ、こつ。

トカリーニャが、岩を叩いている音だった。崖の途中の、何もない空中に、乾いた音が、一つずつ響いた。こつ、こつ。少し間をおいて、こつ、こつ。

僕は、霜の棚の縁に腹ばいになって、下をのぞいた。百五十腕下の、岩の引っこんだところに、二つの小さな影が貼りついていた。小さいほうの影が、壁に沿って横へ移っては、壁に耳を寄せていた。

木を叩くときより、ずっと間が長かった。一つ叩いては、長いあいだ耳を寄せている。同じところを、何度も叩き直している。

しばらくして、トカリーニャの声が、風に乗って切れ切れに上がってきた。

「séndo, kránここは、硬い... téndo, kráisoあそこは、割れてる...」

◆

二人が上がってきたのは、昼を過ぎてからだった。

トカリーニャの手の甲に、血がにじんでいた。岩を叩きつづけて、関節の皮がむけたのだ。

「glénan mǘn, pírin石も答える。小さく.」

石も、答える。でも、木よりずっと小さな声で。だから、何度も叩いて、何度も聞いたのだ。

血のにじんだ手を、気にするふうもなく、背中の袋から、何かを取り出した。

黒い、木の切れ端だった。

腕ほどの長さの、丸太のままの柱の切れ端。片方の端が、ぎざぎざに折れていた。昔の道役は、足場の柱を削らずに、丸太のまま差したらしい。岩の穴の奥に差しこまれていたところには、樹皮が、ほとんどそのまま残っていた。雨にも風にも当たらなかったのだ。

彼女は指を立てて数えてみせた。

「réum snúlvul.穴は九つ dáu kráisan.二つは割れてる nél, krán.七つは、硬い」

七つあれば、梁を差せる。

この切れ端は、その七つの穴の一つに、何百年ものあいだ、挟まったままになっていたのだ。

僕は、トカリーニャと顔を見合わせた。

◆

その夜、ドルヴァルの炉で、切れ端の木口を削った。

硬木だった。黒ずんでいたけれど、芯は腐っていなかった。水に浸けて、柔らかくなった表面を小刀で薄く削ると、輪が現れた。

トカリーニャが読み上げ、僕が黒と白の帯に書き取った。それから、雨季のあいだに、倉の梁を読んだときと同じように、巫の年の板と突き合わせた。

合ったのは、明け方だった。

「fáir sénþarul ánþa四百八.」

四百八年前。

四百八年前に伐られた木。柱にして差したのは、たぶんその次の乾季だ。

それきり、誰も差し替えなかったのだろう。棚が崩れたのは、柱がまだ新しいうちだったのかもしれない。それなら、一年か二年あと。

四百七年前か、四百六年前。

ずっと昔、とだけ言われてきた崩落に、だいたいの年の見当がついた。

倉の老人が、黒と白の帯を描いた板を、両手で持って、長いあいだ見ていた。それから、炉の火に向かって、小さな声で何か唱えた。古い道役たちの、名前なのかもしれなかった。

◆

滝の棚の跡の足場は、ひと月半かかった。

七つの穴を、山猫の谷の樵たちが掃除した。崩れた岩のかけらと、四百年分の鳥の巣と、苔を掻き出す。それから、谷で伐った硬木の梁を、一本ずつ、霜の棚から綱で吊り下ろして、穴に差しこんだ。梁の上に、板を渡した。

シラノが、その指図をした。

崖の途中の、六百メートルを超える空の上でも、シラノの声は、谷で木を伐るときと同じくらい、大きかった。差しこんだ梁の上に板が渡ると、シラノはその上で、どすんと一度、踵を踏み鳴らした。

「krán!」

足場ができると、そこに、四つ目の巻き胴を据えた。

その間に、トカリーニャが、一度、谷へ帰った。

◆

トカリーニャがいなかったのは、十日だった。

十日目の夕方、白糸川沿いの道を下りてきた。

一人ではなかった。後ろに、小さな老女がいた。杖をついて、ゆっくりと、一歩ずつ。

巫だった。

トカリーニャは、綱場の前で、僕の前に立った。

十日前より、背筋が伸びていた。山猫の毛皮の頭巾は、同じだった。でも、腰に、見たことのない帯を締めていた。濃い緑の、木の皮を染めた帯だった。

少しだけためらった。

それから、胸に手を当てた。

「þélim tiulélanティウレラと名乗る.」

ティウレラ。

-íña が、消えていた。

ティウレラは、手のひらを僕に見せた。新しいまめが、いくつもつぶれていた。

「kéelim gandér.硬木を伐った」

一人で、伐ったのだ。セルヴィーニャが、北の高みで詩を捧げたように。

僕は、胸に手を当てた。

「þélim híro尋と名乗る.」

それから、その名前を、口に出した。

「tiuléla.」

ティウレラは、目を細めた。それから、口の端と、目と、両方で笑った。祖の木の根もとで見たのと、同じ笑い方だった。

ティウレラの伐った硬木は、谷の底で冬を待って、次の秋に、この綱で崖を下りる。

巫が、杖をついて、僕たちの横に来た。それから、崖の縁の綱場を見上げて、長いあいだ黙っていた。

◆

最初の霜が降りたのは、その三日後だった。去年より、ひと月近く遅い。

朝、戸口を開けると、石の原が、うっすらと白かった。霜を踏むと、靴の下で細かく砕けた。息が白かった。

冬が、近づいていた。

綱が凍れば、もう下ろせない。

ヒルヴァンが、白い石の原を見渡して、言った。

「sórel dulíþimor.今日下ろす」

◆

倉の奥から、山猫の谷の丸太を一本、引き出した。

冬の終わりにシラノが運んできて、雨季のあいだ倉の炉が預かってきた丸太だった。木口には、山猫の焼印。その横に、ドゥランドから来た林野庁の検め役が、等級の焼印を押した。フレウランではなかった。若い検め役だった。

丸太を、綱場の腕木の下へ運んだ。

町じゅうの者が、綱場のまわりに集まっていた。ウェレラさん。フレウレラさん。セルヴィーニャ。エルサンと、その毛皮の裾をつかんでいる小さな子。エルサンの孫らしい。倉の老人。木工の老人。山猫の谷の人たち。巫と、ティウレラ。ドゥランドから、ウェレルと運び人の頭と、運び人が何人か。それに、帳場から、レウマンさんとセルヴァンが来ていた。

レウマンさんが、人垣の中から僕を手招きした。腰の袋から小さな木の札を出して、僕の手に載せた。帳場でもらった札と同じ、脂の木の薄い板だった。

札の字は、前の札と一行だけ違っていた。

funelorafunelora

この綱場で下ろす丸太と、上がってくる塩を書く者の札だ。西の降ろし場が国交省の検めの下に入るなら、ここにも帳面をつける者がいる。それを僕にやれ、ということらしい。帳面はこれまでどおり十日ごとにドゥランドへ届ける。工事が終わっても、もう寝小屋に戻らなくていい。

崖の下の、泥の原の端には、縁商人の女と、ダーロルの人たちが、塩の箱を積んで待っているはずだった。ここからは、点にしか見えない。

ヒルヴァンが、綱場の巻き胴の前に立った。

ドルヴァルの炉の、綱番として。

◆

巫が、丸太の前に進み出た。

杖を置いて、両手を丸太の木口に当てた。それから、目を閉じて、唱えはじめた。古い節だった。ドゥランドの最初の下ろしで、林野庁が唱えていた詞と、似ていた。でも、もっと古くて、もっと短かった。

「dúlo gandér, fláinin硬木は下りる、軽く.」

目を開けて、ヒルヴァンに顎で合図した。

ヒルヴァンが、歯止めを、ほんの少しゆるめた。上がる側の綱の先は、空の籠だった。釣り合いの重さがない。硬木の重さを、締め綱だけで抑えなければならない。その横で、ウェレルが、締め綱の棒に一緒に体をかけた。二人がかりだった。

巻き胴が、きしんだ。

丸太が、崖の縁の下へ、沈んでいった。

倉の老人が、崖の縁の、腕木の根もとに立った。白いひげが、下からの風に揺れていた。

崖の下に向かって、歌った。

「ín, glünóra一つ、氷の棚. dulénde fláinin, aurénde fláinin軽く下りよ、軽く昇れ.」

aurénde fláinin。軽く昇れ。

雨季のあいだ、老人は巫と何度も話しこんでいた。この形は、巫から教わったのかもしれない。

丸太が氷の棚に着いた。氷の棚の継ぎ場で、樵たちが丸太を次の綱にかけ替える。氷の棚の巻き胴が回りはじめる。

その間に、綱場の、もう一本の綱の先で、空の籠が上がってきた。氷の棚には、まだ上げるものが何もない。

◆

二つ目の崖山羊の棚には、継ぎ場はない。それでも老人は、歌を飛ばさなかった。

「dáu, krambóra二つ、崖山羊の棚. dulénde fláinin, aurénde fláinin軽く下りよ、軽く昇れ.」

丸太は、氷の棚から霜の棚へ、二百三腕を下りていった。霜の棚の上で、樵たちが歯止めを握っているはずだった。

「téir, sirnóra三つ、霜の棚. dulénde fláinin, aurénde fláinin軽く下りよ、軽く昇れ.」

霜の棚から、滝の棚の跡の足場へ。百五十腕。シラノが、そこで歯止めを握っている。

老人は、そこで、ひと息おいた。

去年までなら、ここで、brúumo と言った。崩れ落ちた、と。

老人は、言わなかった。

「fáir, fúnel四つ、綱. dulénde fláinin, aurénde fláinin軽く下りよ、軽く昇れ.」

四つ目の棚は、崩れて、もうない。そのかわりに、綱がある。

足場から、崖のすそまで、二百二十腕。最後の段。

「lím, fúnel五つ、綱. dulénde fláinin, aurénde fláinin軽く下りよ、軽く昇れ.」

僕は、崖の縁に腹ばいになって、下をのぞいていた。

はるか下の、霞んだ崖のすそに、丸太の小さな黒い影が、ゆっくりと下りていくのが見えた。その横を、白い点が、ゆっくりと上がってきていた。塩の箱だ。

二つが、すれ違った。

しばらくして、丸太の影が、崖のすその、泥の原の端に着いた。

声は、聞こえなかった。千メートル近く下の声は、ここまでは届かない。

でも、崖のすその泥の原に、白い布が一枚、大きく振られるのが見えた。

着いた、という合図だった。

僕は、崖の縁で、板に書きつけた。

一段目から三段目の綱は、今日は、空の籠を引き上げただけだった。最初の塩の箱は、いちばん下の段を一つ昇って、滝の棚の跡の足場で止まっている。

塩は、丸太が一本下りるたびに、一段ずつしか昇れない。綱場の縁に最初の塩が顔を出すのは、四日目だ。

◆

次の日も、その次の日も、丸太を一本ずつ下ろした。

霜は、毎朝、少しずつ厚くなった。昼までに霜が解けるのを待って、綱場の巻き胴を回す。継ぎ場から継ぎ場へ、丸太を乗り換えさせる。日が傾くまでに、一本。それが、精一杯だった。

丸太が一本下りるたびに、どこかの継ぎ場で、塩の箱が一段昇った。上がる側がまだ空の籠の段では、締め綱の棒に、いつも二人がかりだった。塩が昇ってきた段から、一人で足りるようになった。

◆

四日目の昼過ぎ、綱場の縁の上に、塩の箱が顔を出した。

四段の綱を、四日かけて乗り継いで、崖のすそから、千メートル近くを昇ってきた箱だった。セルヴィーニャとティウレラが、二人で箱の縁をつかんで、引き上げた。

箱の蓋に、市の札の印が押してあった。縁商人の女の印だった。

ヒルヴァンが、箱を見下ろした。それから、巻き胴の歯止めを、かちりと止めた。

「kráilimor俺たちが預かる.」

綱が上げる荷は、綱番が預かる。

旧道の碑の、二行目だった。

ウェレラさんが、ヒルヴァンの横に立って、箱の蓋に手を置いた。それから、手のひらを上に向けて、空へ差し上げた。昼の空に、星はなかった。それでも、ウェレラさんは、長いあいだ、手を下ろさなかった。

ドルヴァルの炉は、何百年ぶりかに、本物の綱番に戻った。

その日の夕方、縁商人の女が、フネローラに着いた。

綱は荷のためのものだ。千メートル近い崖を、四つの継ぎ場で乗り換えながら人が昇るのは、ヒルヴァンでもやらない。女は崖のすそで最初の塩を綱に結んでから、崖道と狩人の小道を歩いて上がってきたのだ。

綱場の脇に積まれた自分の塩の箱を見て、何も言わずに、箱の蓋の印を指でなぞった。

◆

その夜、倉で、町じゅうの者が粥を食べた。

エルサンが、倉の炉の鍋を全部出して、粟を煮た。崖を昇ってきた塩を、ひとつまみずつ、全部の椀に添えた。

レウマンさんが、僕の隣に座って、黙って粥をすすった。それから、僕の板をのぞきこんだ。板には、今日までの数が書いてあった。丸太四本。綱場に着いた塩の箱四つ。使い賃、四壺。

レウマンさんは、板の念押しの字を、指でたどった。

「vérinそのとおりだ.」

それだけ言って、また粥をすすった。

僕の借りは、まだ五十七壺残っている。この一年、手当で返せたのは十三壺だった。これからは新しい札の分だけ手当も増える。一年前には五年半かかるはずだった借りだ。

まだ八割が残っている。それでも、返す道は見えてきた。

でも、その夜、板の数を見ているうちに、粥の味がわからなくなった。

一年目は八本。それは、みんなが承知している。

気になっていたのは、印の押された紙のほうだった。一年。役人が印を押したのは、雨季の終わり近くだった。谷の二百本が下りる来年の秋は、その先にある。

もう一度、許しをもらわなければならない。下ろしたのは丸太がたった数本、という数を持って。

倉の中では、エルサンが鍋をかき回していた。セルヴィーニャとティウレラが、並んで粥をすすっていた。ヒルヴァンが、ウェレルの椀に、黙って粥を足していた。縁商人の女は、倉の老人の隣で、軽く昇れ、の節を、ダーロルの訛りで小さくまねていた。

僕は、板を裏返した。

今夜は、言わないでおこうと思った。

◆

それから三日、丸太を一本ずつ下ろした。

八日目の朝、綱場の綱が、白く凍っていた。

夜のあいだに崖の下から吹き上げた霧が、綱の撚りにまとわりついて、凍りついたのだ。去年の冬の初めに、ドゥランドの降ろし場で見たのと、同じだった。

ヒルヴァンが、巻き胴の歯止めを、黙って止めた。

下ろせたのは、七本。八本目は、倉の奥で、来年の秋を待つことになった。

綱場まで昇りきった塩の箱は、十六。昇りかけの箱は、継ぎ場で来年まで預かることになった。

◆

その朝は、冷えこんだ。

白糸川の岸の石が、ふくらんだ白い氷に包まれていた。滝の水が、ところどころで、氷の柱になりはじめていた。冬が来たのだ。

縁商人の女が、白糸川の岸にしゃがみこんで、岸の氷を、指でそっと叩いた。それから、氷を一かけら折り取って、手のひらに載せた。氷は、その手の上で、ゆっくりと溶けて、水になった。

手のひらの水を見つめていた。

「un dáloroi, na sóinim glünó下の国では、氷を見たことがない.」

ダーロルの訛りのある、高原の言葉だった。

僕は、女の手のひらの上で溶けていく氷を見ていた。

崖の下には、冬が来ないのだ。同じ空の下の、千メートル下に。

僕は綱場を振り返った。白く凍った綱が、腕木から崖の下へ垂れていた。来年の秋まで、この綱は何も下ろさない。

下りる硬木がなければ、塩は昇らない。

でも、もし、硬木のほかにも、下りる重いものがあったら。

僕は、手のひらを握ったり、開いたりしていた。

何が、とは、まだ思いつかなかった。

――第四部 西の降ろし場 了

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