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第1課では、高原語でいちばん最初に必要になる言葉を学びます。人に会ったときと別れるときの挨拶、自分の名乗り方、相手の名前のたずね方です。
この言語が話されている崖の上の高原王国では、言葉をきちんと整えて話すことが、教養と礼儀のしるしとされています。いっぽう、崖の麓に立つ「縁の市」では、高原の人と干潟の人が入りまじって商いをするので、短くくだけた決まり文句が飛び交います。この課では、この二つの場面で使う表現を少しずつ覚えます。
この課の目標
aurénde selvá! を言えて、an ilánais. と返せるþélim ~an. で名乗り、pán þéles? で相手の名前をたずねられるté!「そこの方」と呼びかけられるende「どうぞ・頼む」を使える文法の細かいしくみは、あとの課で少しずつ説明します。この課では、まず「声に出して丸ごと言える」ようになることを目指しましょう。
| aurénde | [auˈrende] | ごきげんよう | 挨拶の決まり文句の最初の語。`aurénde selvá!` の形で使います。強勢は -én- に置き、「アウレンデ」と読みます。 |
| an | [an] | 上手 | 挨拶の返し `an ilánais.` の中で覚えましょう。もとは「上手へ・北へ」という方角の前置詞です。強勢がなく、次の語に寄りかかって発音します。 |
| ilána | [iˈlana] | 灯 | 「灯」。星のことです。挨拶の返しでは複数の形 `ilánais`「星々へ」で出てきます。 |
| þél- | [ˈθel] | 名乗る | 「名乗る」。`þélim`「(私は)名乗る」、`þéles`「(あなたは)名乗る」の二つの形を覚えましょう。þ は英語 think の th の音です。 |
| pá | [ˈpa] | 誰 | 「誰」。名前をたずねるときは `pán` という形になります(`pán þéles?`)。 |
| té | [ˈte] | あの | 「あの」。単独で `té!` と言うと「そこの方」という呼びかけになります。強く、はっきり発音します。 |
| ende | [ende] | どうぞ | 縁の市で使う「どうぞ・頼む」。物の名前の後ろに添えて使います。改まった場では使いません。 |
| sélvan | [ˈselvan] | セルヴァン | 男子の名前の例。名乗るときは `sélvanan` になります。 |
| sílan | [ˈsilan] | シラン | 男子の名前の例。名乗るときは `sílanan` になります。 |
| viréla | [viˈrela] | ヴィレラ | 女子の名前の例。名乗るときは `virélan` になります。 |
| silára | [siˈlara] | シラーラ | 女子の名前の例。名乗るときは `siláran` になります。 |
規則:会ったときも別れるときも、同じ挨拶 aurénde selvá! を使います。言われた側は an ilánais. と返します。
| 場面 | 先に言う人 | 返す人 |
|---|---|---|
| 会ったとき | aurénde selvá!「ごきげんよう」 |
an ilánais.「星々へ」 |
| 別れるとき | aurénde selvá!「ごきげんよう」 |
an ilánais.「星々へ」 |
直訳すると、aurénde selvá! は「(あなたの)息が昇りますように」、an ilánais. は「星々のほうへ」です。「息が昇りますように」と言われて「ええ、星々まで」と返す、という掛け合いになっています。
例
aurénde selvá! ― B:an ilánais.注意点
an ilánais. です。an ilánais. には動詞がありません。前置詞と名詞だけで答える、ちょっと詩のような言い方です。au-RÉN-de SEL-vá、an-i-LÁ-nais。強勢のある音節(´ のついた母音)を強く読みます。an は弱く、次の語とつなげて「アニラーナイス」と読みます。規則:高原語では、ふつう動詞が文の最初に来ます。そのうえ動詞の語尾が「誰が」までを表すので、「私は」「あなたは」をわざわざ言わなくてもかまいません。
| 形 | 意味 | 語尾 |
|---|---|---|
þélim |
(私は)名乗る | -im =「私が」 |
þéles |
(あなたは)名乗る | -es =「あなたが」 |
þél- が「名乗る」という意味の中心部分(語根)で、そこに「誰が」を表す語尾がつきます。
例
þélim sélvanan.「(私は)セルヴァンと名乗ります」
注意点
ném もありますが、ふつうは言いません。わざわざ言うと「ほかでもない私が」という強調になります。þélim を「セリム」と言うと、別の語に聞こえてしまいます。規則:「私は〜と名乗る」は þélim のあとに名前を置き、名前の終わりに -an をつけて言います。名前が -a で終わるときは、その -a のあとに -n をつけるだけです。
| 名前 | 名乗りの形 | 文 |
|---|---|---|
sélvan(男子) |
sélvanan |
þélim sélvanan. |
sílan(男子) |
sílanan |
þélim sílanan. |
viréla(女子) |
virélan |
þélim virélan. |
silára(女子) |
siláran |
þélim siláran. |
例
þélim virélan.「ヴィレラと名乗ります」注意点
sélvan → sélvanan、viréla → virélan)。þélim ~an. はふだんの名乗り方です。改まった場では、自分を低める別の形を使います(のちの課で扱います)。規則:相手の名前は pán þéles?「何と名乗る?」とたずねます。疑問詞 pán(「誰」の形の一つ)は、動詞より前、文のいちばん前に出ます。
| 問い | 答え |
|---|---|
pán þéles?「何と名乗る?」 |
þélim sílanan.「シランと名乗る」 |
例
pán þéles? ― þélim siláran.注意点
þéles(あなたは名乗る)を þélim(私は名乗る)に変えて返します。問いに「はい」と答える一語はなく、問いの動詞を繰り返して答えるのが高原語の基本の答え方です(「いいえ」は na+動詞)。相手の言葉への同意の vérin「まことに」や、言いつけの承諾の dómim「承りました」は、これとは別の応答です。þéles は「あなた」に向けた2人称の形で、同じ身分の人や目下の人に使います。目上の人には2人称を使わないうえ、pán「何と」のような疑問詞でじかに尋ねること自体が詰問に聞こえて失礼です。この土地では、目下の者が目上の人の名前をたずねたり口にしたりすること自体が、ひどい無礼とされます。規則:知らない人や名前を口にしたくない相手には、té!「そこの方」と呼びかけます。文の終わりに読点で区切って添えるのがふつうの位置です。文の頭に置くときも読点で区切り、まず相手の注意を引く急ぎの呼びかけになります。
| 置き場所 | 例 | 意味 |
|---|---|---|
| 文の頭 | té, pán þéles? |
そこの方、何と名乗る? |
| 文の終わり | aurénde selvá, té! |
ごきげんよう、そこの方 |
注意点
té はもともと「あの」という意味の語です。単独で強く言うと、呼びかけになります。té! です。té! は強勢をしっかり置いて、短くはっきり言いましょう。規則:縁の市では、物の名前のあとに ende を添えると「〜を頼む」「〜をどうぞ」の意味になります。
| 例 | 意味 |
|---|---|
tambór, ende. |
雑穀を頼む/雑穀をどうぞ |
gandér, ende. |
硬木を頼む/硬木をどうぞ |
注意点
ende を並べるだけで用が足ります。ende は市でだけ使える言い方です。都の改まった場や目上の人の前で使うと、ぞんざいで「崩れた言葉」に聞こえます。aurénde の後半 -énde と、ende の響きがそっくりなことに気づきましたか。じつは ende は、「〜しますように」という願いを表す語尾が独立してできた語です。くわしくはのちの課で学びます。aurénde selvá! an ilánais.
読み:アウレンデ セルヴァー!アン イラーナイス。
| aur-énd-e | selvá! | an | ilán-ais. |
| 昇る-<〜しますように>-<(軽いものが)> | 息<主格> | 上手 | 灯-<〜たちを> |
「「ごきげんよう。」「ごきげんよう(星々へ)。」」
会ったときにも別れるときにも使う挨拶と、その返し。二人の発話です。今は丸ごと覚えましょう。
aurénde selvá, té!
読み:アウレンデ セルヴァー、テー!
| aur-énd-e | selvá, | té! |
| 昇る-<〜しますように>-<(軽いものが)> | 息<主格> | あの<軽性> |
「ごきげんよう、そこの方。」
名前を知らない相手への挨拶。呼びかけの té は文の終わりに読点で区切って添えます。
þélim sélvanan.
読み:セーリン セルヴァナン。
| þél-im | sélvan-an. |
| 名乗る-<私が> | セルヴァン-<対格> |
「セルヴァンと名乗ります。」
動詞が文の頭に来ます。語尾 -im が「私は」を表すので、「私」を言う必要はありません。
pán þéles? þélim virélan.
読み:パーン セーレス?セーリン ヴィレーラン。
| pán | þél-es? | þél-im | virél-an. |
| 誰<対格> | 名乗る-<あなたが> | 名乗る-<私が> | ヴィレラ-<対格> |
「「何と名乗る?」「ヴィレラと名乗ります。」」
問いの þéles を þélim に変えて答えます。-a で終わる名前には -n をつけるだけです。
té, pán þéles?
読み:テー、パーン セーレス?
| té, | pán | þél-es? |
| あの<軽性> | 誰<対格> | 名乗る-<あなたが> |
「そこの方、何と名乗る?」
知らない人への呼びかけ。目上の人には使えない、同じ身分か目下の人向けの聞き方です。
aurénde selvá! þélim sílanan.
読み:アウレンデ セルヴァー!セーリン シーラナン。
| aur-énd-e | selvá! | þél-im | sílan-an. |
| 昇る-<〜しますように>-<(軽いものが)> | 息<主格> | 名乗る-<私が> | シラン-<対格> |
「ごきげんよう。シランと名乗ります。」
挨拶のすぐあとに名乗りを続けた、はじめて会ったときの言い方です。
þélim siláran. pán þéles?
読み:セーリン シラーラン。パーン セーレス?
| þél-im | silár-an. | pán | þél-es? |
| 名乗る-<私が> | シラーラ-<対格> | 誰<対格> | 名乗る-<あなたが> |
「シラーラと名乗ります。あなたは?」
先に自分が名乗ってから相手にたずねると、やわらかく聞こえます。
tambór, ende.
読み:タンボール、エンデ。
| tambór, | ende. |
| 雑穀 | どうぞ |
「雑穀を頼む。」
縁の市の取引言葉。物の名前に ende を添えるだけです。改まった場では使いません。
gandér, ende.
読み:ガンデール、エンデ。
| gandér, | ende. |
| 硬木 | どうぞ |
「硬木をどうぞ。」
差し出すときにも頼むときにも使えます。どちらの意味かは場面で決まります。
次の挨拶に、正しく返事をしてください。
aurénde selvá!
an ilánais.「星々へ」
同じ aurénde selvá! をそのまま返すのではなく、決まった返しの句で答えます。会ったときも別れるときも同じです。
高原語に訳してください。
þélim sílanan.þélim virélan.pán þéles?子音で終わる名前には -an をつけ(sílan → sílanan)、-a で終わる名前には -n をつけます(viréla → virélan)。動詞 þélim・þéles が文の頭に来ることに注意しましょう(疑問詞 pán だけは動詞の前に出ます)。
日本語に訳してください。
té, pán þéles?aurénde selvá! þélim siláran.tambór, ende.3 は縁の市のくだけた言い方です。
空欄に入る語を書いてください。
pán ___? B:þélim sélvanan.aurénde selvá! B:an ___.gandér, ___.þéles(あなたは名乗る)。答えでは þélim(私は名乗る)に変わります。ilánais(星々へ)ende(どうぞ・頼む)発音の問題です。
þélim の þ はどう発音しますか。日本語の「セ」と言ってしまうと、何が問題ですか。aurénde と ilánais で、強く読む音節はどこですか。ende と、挨拶の aurénde の後半を比べると、どんなことに気づきますか。au-RÉN-de(-én-)、i-LÁ-nais(-lá-)。´ のついた母音のある音節を強く読みます。ende と -énde は同じ響きです。じつは ende は「〜しますように」という願いの語尾が独立してできた語です(くわしくはのちの課で学びます)。次の場面では、どの言い方がふさわしいでしょうか。理由も考えてください。
té!「そこの方」。霧の中で名前を呼ぶと、その人が「下の国」に引かれると信じられているので、名前は口にしません。pán þéles? は「あなた」に向けた2人称の形で、目上の人には使いません。そもそも目上の人には、疑問詞でじかに尋ねることができません(尊敬の形にしても同じです)。そもそも目下の者が目上の人の名前を口にするのはひどい無礼とされます。まず aurénde selvá! と挨拶し、自分が名乗るのにとどめましょう。tambór, ende. 市ではくだけた決まり文句で十分です。この言語が話されている高原では、世界は「上・中・下」の三つの層でできていると考えられています。上は天で、星々と二つの月がめぐり、祖先たちが住む場所です。中は生きている人間の暮らす高原、下は崖の下の湿った干潟と地の底です。そして、重いものは下へ沈み、軽いものは上へ昇る、というのがこの土地の世界観の芯になっています。
石や金属、泥や水は重いもの。煙や火、音、そして息は軽いものです。人が話す言葉は息でできているので、言葉もまた上へ昇るものとされます。美しく整った言葉は煙のように天へ昇り、祖先に届いて喜ばれます。乱暴な言葉は重く、下へ落ちていきます。
挨拶の aurénde selvá! は、そのまま訳せば「(あなたの)息が昇りますように」です。相手の言葉や心が軽く、清らかに上へ届くように、という小さな祈りです。返しの an ilánais.「星々へ」は、その祈りを受けとって「ええ、星々のところまで」と答える言葉です。高原の人々は、星を昇っていった祖先たちの炉の火だと考えていて、星を ilána「灯」と呼びます。「星々へ」は「祖先のもとへ」と言っているのと同じなのです。
なお、星は祖先なので、数えたり指さしたりしてはいけないとされます。挨拶の返しで、一つ一つの星ではなく「星々」をひとまとめにした形 ilánais を使うのも、この感覚によく合っています。
名前もまた、息と深く結びついています。名前はその人の息の形そのものだとされるので、口にする場面がきびしく限られます。目上の人の名前は口にせず、亡くなった人の名前は一年のあいだ口にしません。霧の季節に名前を大声で呼ぶと、「下の国」にその名前を聞かれてしまうと言われます。そんなときに使うのが té!「そこの方」です。名前を口にしないことが、相手を守ることにもなるのです。
いっぽう、崖の麓の縁の市では、事情がまったく違います。商いの場では、身分の階段からいったん降りて、短い言葉でさっさと用を済ませます。ende「どうぞ・頼む」はそうした市の決まり文句で、都の人の耳には「半ば沈んだ言葉」に聞こえます。けれども、その ende も、もとをたどれば挨拶の aurénde と同じ「〜しますように」という願いの形から生まれた語です。高く昇る祈りの言葉と、市のくだけた一言が、同じ根っこでつながっています。
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