上手へ、下手へ――方角と比べ方

この課では、方角の言い方を学びます。高原語には「北・南・東・西」にあたる語がありません。そのかわりに 上手(かみて)・下手(しもて)・日の出側・日の入り側 の四つで方角を言います。この言語が話されている高原は、南の崖から北へ向かって段を重ねるように高くなっていく土地です。そのため「北へ行く」ことは、そのまま「上へ行く」ことでもあります。

この課で学ぶことは三つです。

  1. 方角を表す五つの前置詞 an・du・or・vel・es
  2. 前置詞と組む格を変えて、「〜へ」「〜で」「〜から」を言い分けるしくみ
  3. 「〜より高い」「〜に劣る」という比べ方。比べるときも高さで言います。

ここまでに「〜を」「〜の」「〜に」の形を習いました。この課では、その三つの形が前置詞と組んで、場所と動きを表す道具になります。

新出語

du[du]下手下手(南)。`an` と対になる前置詞です。弱く発音し、日本語話者には「ズ」と聞こえやすい語です。
or[or]日の出側日の出側(東)。órun「日の出」から来ています。
vel[vel]日の入り側日の入り側(西)。vélun「日の入り」から来ています。日本語話者には「ベル」と聞こえやすい語です。
órun[ˈorun]日の出日の出。方角の名前として覚えておきましょう。
vélun[ˈvelun]日の入り日の入り。
ánor[ˈanor]上手名詞の「上手」。「北のほう、高いほう」という場所そのものを指します。前置詞の an と区別してください。
dúror[ˈduror]下手名詞の「下手」。南のほう、低いほうを指します。
véinor[ˈveinor]湖湖。地の上の水なので重性です(「〜を」は véinor のまま、「〜に」は véinoroi)。
lóna[ˈlona]柱の木柱の木。生えているあいだは軽性で、ésa で受けます。
pélsa[ˈpelsa]脂の木脂の木。樹脂の多い針葉樹です。生えているあいだは軽性です。
gél-[ˈgel]行く行く。かならず方角といっしょに使います(gélim du dálor「下の国へ行く」)。
múr[ˈmur]濁った濁った。下向きの性質を表す語なので、比べるときに使うと皮肉に響きます。

1. 四つの方角と「〜から」:an・du・or・vel・es

規則:高原語では、北・南・東・西を次の四つの前置詞で言います。前置詞は、名詞の前に置く小さな語です。これに「〜から」の es を加えた五つを覚えましょう。

前置詞 意味 方角 由来
an 上手 北 「昇る」と同じ高さの感覚
du 下手 南 dúl-「下る」と同じ語源
or 日の出側 東 órun「日の出」から
vel 日の入り側 西 vélun「日の入り」から
es 〜から 方向を問わない —

例

注意点

注意:an は「北」か「高いほう」か:ふつうは北ほど高いので、どちらでも同じです。ずれるのは、北へ下る斜面のような場所です。都の言葉と書き言葉では、an はいつも北を指します(丘の北側へ下るときも dúlim an dún.)。森や崖の縁の人は、その場の高さで言うので、同じ道を下るなら du dún と言います。この入門書では、都の言い方を教えます。

2. 前置詞と格の組み合わせ:「〜へ」「〜で」「〜から」

規則:同じ前置詞でも、後ろの名詞の形(格)が変わると意味が変わります。

後ろの名詞の形 意味 例
「〜を」の形(対格) 〜へ(動いていく先) du dálor「下の国へ」
「〜に」の形(与格) 〜で(その場にいる) an dúnoi「丘の上手で」
「〜の」の形(属格) 〜から(出どころ) an dúnos「丘の上手から」

es は「〜の」の形とだけ組み、方向を問わずに「〜から」を表します(es orénos「縁から」)。

重性の名詞 dún「丘」で、三つの形を並べてみましょう。

へ で から
上手 an dún an dúnoi an dúnos
下手 du dún du dúnoi du dúnos
方向なし — — es dúnos

軽性の名詞なら、an pélsan「脂の木の上手へ」、an pélsei「脂の木の上手で」、an pélses「脂の木の上手から」となります。

注意点

「〜の中」の un も同じ組み合わせ:方角の前置詞と同じく、un「〜の中」も組む形で意味が変わります。

un + 意味 例
「〜を」の形 〜の中へ gélim un kórvo.「私は倉の中へ行く」
「〜に」の形 〜の中で un kórvoi「倉の中で」
「〜の」の形 〜の中から tóra éndra un kórvos.「人が倉の中から来る」

3. 動きの動詞は、方角とセットで

規則:高原語で移動を言うときは、上ったのか下ったのかを必ずはっきりさせます。動詞と前置詞は、ふつう次のように組みます。

動詞 意味 よく組む前置詞
áur- 昇る・上る an(上手へ)
dúl- 下る du(下手へ)
gél- 行く どれでも。ただし方角は必ず言う
tór- 来る es(〜から)

新しい動詞 gél-「行く」は、規則どおりに変化します。

単数 双数 複数
1人称 gélim gélau gélimor
2人称 géles gélau gélers
3人称 géla(軽)/gélo(重) gélau gélan

例

注意点:gél- は「行く」としか言っていないので、高原の人には方角のない gélim. だけでは落ち着かない文に聞こえます。行き先を言うときは、まず高さ(an/du)を決めるのがこの言語の癖です。

4. 「どこへ」は方角を決めてたずねる

規則:高原語には、方角を決めない「どこへ」がありません。疑問詞 pó「何」の前に方角の前置詞を置き、「〜側の何へ」の形でたずねます。前置詞の後ろの pó は、形を変えずにそのまま使います。

言い方 意味
an pó? 上手のどこへ
du pó? 下手のどこへ
or pó? 日の出側のどこへ
vel pó? 日の入り側のどこへ
es pós? どこから(なぜ)

例

注意点

5. 比べ方も高さで言う:an +〜に/du +〜に

規則:比べるときは、比べる相手を「〜に」の形(与格)にし、前に an か du を置きます。

形 字義 意味
an + 〜に 〜の上手に 〜より(その性質が)まさって
du + 〜に 〜の下手に 〜より(その性質が)劣って

文の組み立ては、第3課で習った「ésa/éso + 主語 + 性質」に、比べる相手を後ろから足すだけです。

例

注意点:下向きの性質は皮肉になる 「重い」gróm や「濁った」múr のような下向きの性質でも、規則どおりなら、程度がまさるときは an で言います。けれども an には「上へ」というほめる響きがあるので、「上手に重い」「上手に濁っている」と、ちぐはぐで皮肉に聞こえます。

注意:形容詞のすぐ後ろの an/du +〜に は、比較として読みます(éso ílmo klér an kórvoi.「水は倉より冷たい」)。「倉の北側では」と場所を言いたいときは、an kórvoi を文の頭に出し、読点で区切ります(an kórvoi, éso ílmo klér.「倉の北側では、水は冷たい」)。

例文

gélim du dálor.

読み:ゲーリン ドゥ ダーロル。

gél-imdudálor.
行く-<私が>下手下の国<対格>

「私は下の国へ行く。」

du +「〜を」の形で「〜へ」。dálor は重性なので語尾がつきません。

áurim an dún.

読み:アウリン アン ドゥーン。

áur-imandún.
昇る-<私が>上手丘<対格>

「私は丘の上手へ上る。」

上る動きには an を使います。

dúlo fáron du orén.

読み:ドゥーロ ファーロン ドゥ オレーン。

dúl-ofáronduorén.
下る-<(重いものが)>荷<主格>下手縁<対格>

「荷が縁へ下りていく。」

荷は重性なので、動詞は -o で受けます。

tóra éndra es orénos.

読み:トーラ エンドラ エス オレーノス。

tór-aéndraesorén-os.
来る-<(軽いものが)>人<主格>から縁-<属格>

「人が縁から来る。」

es は「〜の」の形と組んで「〜から」を表します。

ésa sélvan an dúnoi.

読み:エーサ セルヴァン アン ドゥーノイ。

és-asélvanandún-oi.
いる-<(軽いものが)>セルヴァン<主格>上手丘-<与格>

「セルヴァンは丘の上手にいる。」

an +「〜に」の形で「〜の上手で」。その場にいることを表します。

du pó géles? gélim du orén.

読み:ドゥ ポー ゲーレス?ゲーリン ドゥ オレーン。

dupógél-es?gél-imduorén.
下手何<対格>行く-<あなたが>行く-<私が>下手縁<対格>

「「下手のどこへ行くのか。」「縁へ行く。」」

二人の発話です。「どこへ」は方角を決めてたずね、答えも同じ前置詞で返します。

ésa lóna or dúnoi.

読み:エーサ ローナ オル ドゥーノイ。

és-alónaordún-oi.
いる-<(軽いものが)>柱の木<主格>日の出側丘-<与格>

「柱の木は丘の日の出側にある。」

生えている木は軽性なので ésa で受けます。

ésa lóna áuren an pélsei.

読み:エーサ ローナ アウレン アン ペルセイ。

és-alónaáur-enanpéls-ei.
いる-<(軽いものが)>柱の木<主格>昇る-<〜した・〜された>上手脂の木-<与格>

「柱の木は脂の木より高い。」

an +「〜に」で「〜よりまさって」。áuren は「高い」として覚えておきましょう。

éso gandér gróm an lónei.

読み:エーソ ガンデール グローン アン ローネイ。

és-ogandérgrómanlón-ei.
いる-<(重いものが)>硬木<主格>重い上手柱の木-<与格>

「硬木は柱の木より重い。」

下向きの性質を an で比べると、ふつうは皮肉に聞こえます。硬木の重さだけは誇らしい言い方になります。

éso gandér fláin du lónei.

読み:エーソ ガンデール フライン ドゥ ローネイ。

és-ogandérfláindulón-ei.
いる-<(重いものが)>硬木<主格>軽い下手柱の木-<与格>

「硬木は、軽さでは柱の木に劣る。」

前の文を、反対の性質と du で言い換えた改まった形です。

練習問題

  1. 次の日本語を高原語に訳してください。

    1. 私は縁へ行く。
    2. お前は下の国から来る。
    3. 私は丘から下りる。
    解答
    1. gélim du orén.(縁は南の低いほうなので du を使います)
    2. tóres es dáloros.(es +「〜の」の形。dálor は重性なので -os)
    3. dúlim es dúnos.(「下りる」は dúl-。出どころは es + dúnos)
  2. ( )に入る語を、前置詞と格の組み合わせを考えて書き入れてください。

    1. dúlo fáron du (  ).「荷が縁へ下りていく」
    2. ésa sélvan an (  ).「セルヴァンは丘の上手にいる」
    3. tóra éndra es (  ).「人が縁から来る」
    4. ésa lóna vel (  ).「柱の木は湖の日の入り側にある」
    解答
    1. orén(「〜へ」は「〜を」の形。重性なので語尾なし)
    2. dúnoi(「〜で」は「〜に」の形。重性なので -oi)
    3. orénos(「〜から」は「〜の」の形。重性なので -os)
    4. véinoroi(véinor「湖」は重性なので、「〜に」の形は -oi)
  3. 次の高原語を日本語に訳してください。

    1. ésa pélsa or véinoroi.
    2. du pó géla viréla?
    3. ésa lóna áuren an pélsei.
    解答
    1. 「脂の木は湖の日の出側にある。」
    2. 「ヴィレラは下手のどこへ行くのか。」(主語は人なので géla)
    3. 「柱の木は脂の木より高い。」
  4. 次の二つの文は、どちらも「この水はあの水より濁っている」という内容です。改まった場にふさわしいのはどちらでしょうか。理由も答えてください。

    (a) éso ílmo só múr an ílmoi tó. (b) éso ílmo só þáil du ílmoi tó.

    解答

    (b) です。(a) は「濁った」という下向きの性質を、ほめる響きのある an で比べているので、「上手に濁っている」という皮肉な響きになります。(b) は反対の「澄んだ」を du で比べ、「澄みではあの水に劣る」と言い換えているので、角が立ちません。

  5. 発音の問題です。

    1. an pélsei「脂の木の上手で」は、実際にはどう発音されますか。
    2. du dálor で、強く発音される音節はどこですか。
    3. 日本語話者が「ベル」と聞いた方角の語は、何でしょうか。
    解答
    1. [アムペルセイ]。p・b・f・v の前の n は m の音になります。ただし綴りは an のままです。
    2. dá です。前置詞 du には強勢がなく、[ドゥ・ダー・ロル]と次の語に寄りかかって発音されます。
    3. vel「日の入り側(西)」です。日本語話者には v と b の区別がつきにくいので、「ベル」と聞こえます。
  6. 知り合いに「日の出側のどこへ行くの?」とたずねたいとき、高原語ではどう言いますか。また、pó géles? だけではいけないのはなぜでしょうか。

    解答

    or pó géles? と言います。高原語には、方角を決めない「どこへ」がありません。行き先を聞くときは、まず an・du・or・vel のどれかで方角を決めて、「〜側の何へ」の形でたずねます。

コラム:北は「上」、南は「下」――段を重ねた国の地図

この言語が話されている高原は、南の端の切り立った崖「縁」から北へ向かって、石段のように少しずつ高くなっていく土地です。高原の人々は、土地をまず 高さの帯 でとらえます。南から北へ、次の四つの帯が並んでいます。

  1. 縁の肩:崖のすぐ上の、風の強い石だらけの台地
  2. 森の帯:深い森と峡谷の土地
  3. 湖盆:湖が鎖のように並ぶ窪地。王都があります
  4. 北の高み:雪の消えない峰が続く山地。祖先の聖地です

北へ行くほど高くなるので、高原の言葉では「北」と「上」、「南」と「下」がほとんど同じ意味になります。都の人が「上へ行く」と言えば北の山地へ行くことで、「下へ行く」と言えば南の縁へ、さらにはその先の崖下の干潟へ行くことです。前置詞の an と du は、地図の向きであると同時に、高さの向きでもあるのです。

東と西には、高さの意味がありません。そのため、日の出(órun)と日の入り(vélun)で言い表します。日常の道案内は「上手へ/下手へ」と「日の出側へ/日の入り側へ」を組み合わせるのが基本です。

川も、この縦の軸に沿って流れます。三本の大河は北の高みに源を発し、湖を抜け、森の峡谷を下り、最後は縁から滝になって落ちます。水が「上から下へ降りていくもの」の代表とされるのはこのためです。家系を源から流れ下る川にたとえるのも、同じ発想から来ています。

国の名前にも、この地図が表れています。高原の人々は自分たちの国を análor「上手の国」と呼び、崖の下の干潟を dálor「下の国」と呼びます。比べるときに an が「まさる」、du が「劣る」の意味になるのも、この土地では高いことがそのまま良いこととされているからです。

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