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この課では、高原語の敬語の中心となる二つの接頭辞を学びます。動詞の頭につける接頭辞 au- と du- です。
au- は、目上の人の行いを高めて言う形です(aulísa「お書きになる」)。du- は、自分の行いを低めて言う形です(dulísim「書かせていただく」)。au- は áur-「昇る」から、du- は dúl-「下る」から来ています。この言葉が話されている土地では、敬意はすべて「高さ」で表します。日本語の「お〜になる」「〜させていただく」にあたる意味が、「上げる」「下げる」という形そのもので言い表されるのです。
au- は名詞にもつけます。目上の人を指す語(aulisár「書記の方」)や、その人の手・目・頭(aumár「御手」)を高めます。課の後半では、これまでに習った願いの形(-énd-)と組み合わせて、目上の人にていねいに頼む言い方を身につけます。役所の窓口で書記に証文を頼む、市で目付に荷を量ってもらう、といった場面を思い浮かべながら読んでください。
| ilanár | [ilaˈnar] | 星読み | 星読み。ilána「灯(星)」に -ár「〜する人」がついた語。星の司の役人です。高めると aurilanár「星読みの方」になります(母音の前では au- が aur- になります)。 |
| ólmar | [ˈolmar] | 年長者 | 年長者。村や家の中でいちばん身近な目上の人です。高めると aurólmar「年長の方」。 |
| houmár | [houˈmar] | 家の主 | 家の主。炉の北側の高い座に座る人です。 |
| ráuvan | [ˈrauvan] | 森の巫 | 森の巫。森の氏族の祭司で、木を伐るときの詞を唱えます。 |
| brándal | [ˈbrandal] | 司 | 司(つかさ)。王のもとにある六つの役所の一つ一つを指します。いつも「brándal + 属格」の形で呼びます。 |
| aldár | [alˈdar] | 座 | 座。王は名前で呼ばずに aldár áuren「高き座」と言います。人を指す語なので軽性です。 |
| arnélvar | [arˈnelvar] | 森 | 森(宮廷の言い方)。森の司の正式名 brándal arnélvares に使われます。 |
| gráun | [ˈgraun] | 頭部 | 頭(体の部分としての頭)。重性。数える単位の kéul「頭(とう)」とは別の語です。高めると augráun「御頭(おつむ)」。 |
| snéim- | [ˈsneim] | 身をかがめる | 身をかがめる(自動詞)。目上の人の前で頭を低くするしぐさです。 |
規則:動詞の頭に au- をつけると、主語の人(目上)を高める言い方になります。du- をつけると、主語の自分を低める言い方になります。後ろの部分(語根・法・人称の語尾)は、これまでと同じです。
| ふつう | 高める au- |
低める du- |
|
|---|---|---|---|
| 言い切り | lísa「書く」 |
aulísa「お書きになる」 |
dulísim「書かせていただく」 |
| 願い | lisénde「書きますように」 |
aulisénde「お書きになりますように」 |
— |
| 推量 | liséla「書くだろう」 |
auliséla「お書きになるだろう」 |
duliséim「書かせていただくことになろう」 |
| 完了 | léisa「書き終えた」 |
auléisa「お書き終えになった」 |
duléisim「書き終えさせていただいた」 |
どちらを使うかは、主語が誰かで決まります。
au-(aulísa aulisár「書記の方がお書きになる」)du-(dulísim「私が書かせていただく」)注意
au-・du- には強勢がありません。強勢はこれまでどおり語根か、-énd-・-él- のような接尾辞に置かれます(aulísa、aulisénde)。au- をつけてはいけません。aulísim と言うと「私がお書きになる」になり、自分を持ち上げる、ひどく滑稽な言い方になります。és-・gél-・tór-・vír-・mán-・sén-)の六つには au-・du- をつけません。かわりにまったく別の語を使います(例:aldán-「おわす」、glóir-「お越しになる」)。これは次の課で学びます。規則:au-・du- は、後ろに来る音によって形が変わることがあります。規則どおりにはいかない、古い時代の音の変化の名残です。
| 語根の頭の音 | au- は |
du- は |
例 |
|---|---|---|---|
| 母音 | aur- | dul- | au- + ólmar → aurólmar「年長の方」/ du- + émbel- → dulémbel-「祀らせていただく」 |
| v-・w- | aub- | dumb- | au- + vánd- → aubánd-「お量りになる」/ du- + vánd- → dumbánd-「量らせていただく」 |
| h- | h が落ちる | そのまま | au- + hél- → auél-「お座りになる」 |
| それ以外 | そのまま | そのまま | aulís-、dulís-、aukél-、duméir- |
例
aubandénde ausenár fáron.「目付殿に、荷をお量りいただきたく存じます」dumbándim fáron.「荷を量らせていただきます」注意
aur-・dul- は、もとになった「昇る」áur-・「下る」dúl- の形がそのまま顔を出したものです。aub- の b は、日本語話者にはふつうの v と同じバ行に聞こえます。耳で聞いて aubánd- を「au- + bánd-」と思わないでください。辞書では vánd- で引きます。規則:au- は名詞にもつけられます。つけるのは、次の三つの種類の名詞です。
| ふつう | 高めた形 | 意味 |
|---|---|---|
lisár |
aulisár |
書記の方 |
senár |
ausenár |
目付殿 |
ilanár |
aurilanár |
星読みの方 |
ólmar |
aurólmar |
年長の方 |
már |
aumár |
御手 |
senó |
ausenó |
御目 |
gráun |
augráun |
御頭(おつむ) |
名詞の格語尾は、もとの名詞と同じです:aulisárei「書記の方に」、aumároi「御手に」、augráunoi「御頭に」。
例
éso símbo aumároi aulisáres.「書記の方の御手に印がある」注意
ausenár は sén-「見る」から作った語ですが、名詞では六つの動詞の別の語(第1節)を使わず、規則どおり au- をつけます。dáu aulisárau のように数詞や双数をつけることはできません。aumárou「御両手」、ausenóu「御両目」。数えられているのが人ではないうえ、双数は「そろったひと組」を表す美しい形とされるからです。aulisár ですが、同じ段の書記どうしなら lisár で呼び合います。規則:低める動詞(du-)と、高めた名詞(au-)を一つの文に並べると、「私が・目上の人に」という上下の関係が、全部語形に表れます。
| 部分 | 語 | 何を表すか |
|---|---|---|
| 動詞 | dulísim |
自分(主語)を低める |
| 目的語 | sáindaran |
証文を |
| 受け手 | aulisárei |
相手(目上)を高める |
例
dulísim sáindaran aulisárei.「書記の方に証文を書いて差し上げます」duméirim kailó aurólmarei.「年長の方に乾酪を差し上げます」注意
du- で下げ、受け手を au- で上げて、その差で敬意を表します。au- を忘れずにつけます。dulísim sáindaran lisárei だと、自分は低めたのに相手を高めていない、ちぐはぐな言い方になります。規則:目上の人に何かを頼むときは、次の三つをそろえます。
tás も2人称の語尾も使わない。相手を役職名の3人称で呼ぶ。au- をつける。同じ「証文を書いて」という頼みが、相手との段の差で次のように変わります。
| 相手 | 形 | 言い方 |
|---|---|---|
| 目下 | 命令 | lís sáindaran!「証文を書け」 |
| 同じ段 | 願い・2人称 | liséndes sáindaran.「証文を書いてくれぬか」 |
| 目上 | 願い・3人称+au- |
aulisénde aulisár sáindaran.「書記の方に、証文をお書きいただきたく存じます」 |
目の前にいる相手を、文法の上では「書記の方は(お書きになりますように)」という3人称の主語として扱うのがポイントです。
問いは ké を使わず、推量の形で推し量ります(第12課)。
auleiséla dóulin aulisár plánan?「書記の方は、もう帳簿をお書き終えになったのでしょうか」**「〜なさいませぬよう」**は mé + 高めた願いの形です。
mé aukelénde aurólmar lónan.「年長の方が柱の木をお伐りになりませんように」注意
lís! と命令の形で言うのは、ひどい無礼です。縁の市の lís, ende も、市の外で目上の人に使ってはいけません。王国では、王のもとに六つの司(brándal)が置かれています。どの司も「brándal + 属格」で呼びます。属格の語尾を見ると、その名詞が軽性(-es)か重性(-os)かもわかります。
| 司 | 高原語 | 字義 | 受け持つこと |
|---|---|---|---|
| 書の司 | brándal lisímes |
書法の司(lisím「書法」は lís- から) |
記録・年代記・法典・裁き |
| 星の司 | brándal ilánar |
灯たちの司 | 暦・天文・祭祀 |
| 森の司 | brándal arnélvares |
森の司 | 王の森と硬木の伐り出し |
| 金の司 | brándal kumbóros |
青銅の司 | 鉱山と鋳造 |
| 倉の司 | brándal kórvos |
倉の司 | 雑穀の税・倉・度量衡 |
| 道の司 | brándal orénos |
縁の司 | 崖道・降ろし場・縁の市 |
注意
ilánar は ilána の複数属格です。星は数えませんが、「星というもの」を総称する複数は使えます。brándal ráuvos とも言います。どの「森」の語を使うかで、話し手が森を誰のものと見ているかがにじみます。lisár・senár・ilanár のような役職名を使い、目上なら au- をつけます。aulisénde aulisár sáindaran.
読み:アウリセンデ アウリサール サインダラン。
| au-lis-énd-e | au-lis-ár | sáindar-an |
| <お〜になる・御〜>-書く-<〜しますように>-<(軽いものが)> | <お〜になる・御〜>-書く-<〜する人> | 証文-<対格> |
「書記の方に、証文をお書きいただきたく存じます。」
目上の人への依頼。「あなた」を使わず、相手を aulisár という3人称の主語にして、願いの形 -énd-e で言う。
dulísim sáindaran aulisárei.
読み:ドゥリーシン サインダラン アウリサーレイ。
| du-lís-im | sáindar-an | au-lis-ár-ei |
| <〜させていただく>-書く-<私が> | 証文-<対格> | <お〜になる・御〜>-書く-<〜する人>-<与格> |
「書記の方に証文を書いて差し上げます。」
自分の行いを du- で低め、受け手を au- で高める。上下の関係がすべて語形に表れる。
aubandénde ausenár fáron.
読み:アウバンデンデ アウセナール ファーロン。
| au-band-énd-e | au-sen-ár | fáron |
| <お〜になる・御〜>-量る-<〜しますように>-<(軽いものが)> | <お〜になる・御〜>-見る-<〜する人> | 荷<対格> |
「目付殿に、荷をお量りいただきたく存じます。」
au- + vánd- → aubánd-。ausenár は名詞なので、sén- の別の語を使わず規則どおりに au- をつける。
dulémbelim aursárais.
読み:ドゥレンベリン アウルサーライス。
| dul-émbel-im | aursár-ais |
| <〜させていただく>-祀る-<私が> | 祖先-<〜たちを> |
「ご先祖さまを祀らせていただきます。」
母音で始まる émbel- の前では du- が dul- になる。v で始まる語根なら dumb- になる(dumbándim「量らせていただく」)。
auloiménde aurilanár aurvirán.
読み:アウロイメンデ アウリラナール アウルヴィラーン。
| au-loim-énd-e | aur-ilan-ár | aurvir-án |
| <お〜になる・御〜>-唱える-<〜しますように>-<(軽いものが)> | <お〜になる・御〜>-灯-<〜する人> | 祈り-<対格> |
「星読みの方に、祈りを唱えていただきたく存じます。」
母音で始まる ilanár の前では au- が aur- になる。
duméirim kailó aurólmarei.
読み:ドゥメーリン カイロー アウロルマレイ。
| du-méir-im | kailó | aur-ólmar-ei |
| <〜させていただく>-与える-<私が> | 乾酪<対格> | <お〜になる・御〜>-年長者-<与格> |
「年長の方に乾酪を差し上げます。」
kailó は重性なので、目的語でも形が変わらない。
auleiséla dóulin aulisár plánan?
読み:アウレイセーラ ドーリン アウリサール プラーナン?
| au-leis-él-a | dóulin | au-lis-ár | plán-an |
| <お〜になる・御〜>-書く<〜し終えた>-<〜だろう>-<(軽いものが)> | もう | <お〜になる・御〜>-書く-<〜する人> | 帳簿-<対格> |
「書記の方は、もう帳簿をお書き終えになったのでしょうか。」
目上の人には ké を使わず、推量の形で尋ねる。完了の語根 léis- にも au- がつく。強勢は -él- に移る。
éso símbo aumároi aulisáres.
読み:エーソ シンボ アウマーロイ アウリサーレス。
| és-o | símbo | au-már-oi | au-lis-ár-es |
| いる-<(重いものが)> | 印<主格> | <お〜になる・御〜>-手-<与格> | <お〜になる・御〜>-書く-<〜する人>-<属格> |
「書記の方の御手に、印がある。」
目上の人の体の部分にも au- をつける。持ち主の aulisáres にも au- を忘れない。
mé aukelénde aurólmar lónan.
読み:メー アウケレンデ アウロルマル ローナン。
| mé | au-kel-énd-e | aur-ólmar | lón-an |
| <禁止・願いの打ち消し> | <お〜になる・御〜>-伐る-<〜しますように>-<(軽いものが)> | <お〜になる・御〜>-年長者 | 柱の木-<対格> |
「年長の方が、柱の木をお伐りになりませんように。」
目上の人に「〜なさいませぬよう」と言うときは、mé + 高めた願いの形。
éso gráun faronáres du augráunoi ausenáres.
読み:エーソ グラウン ファロナーレス ドゥ アウグラウノイ アウセナーレス。
| és-o | gráun | faronár-es | du | au-gráun-oi | au-sen-ár-es |
| いる-<(重いものが)> | 頭<主格> | 運び人-<属格> | 下手 | <お〜になる・御〜>-頭-<与格> | <お〜になる・御〜>-見る-<〜する人>-<属格> |
「運び人の頭は、目付殿の御頭より下にある。」
目上の人の前では頭を低くする、という作法を言った文。同じ「頭」でも、目下の運び人は gráun、目付は augráun。
次の語に au- または du- をつけた形を書きましょう。
au- + ilanárdu- + vánd-au- + vánd-du- + émbel-au- + hél-aurilanár(母音の前で aur-)dumbánd-(v の前で dumb-)aubánd-(v の前で aub-)dulémbel-(母音の前で dul-)auél-(h が落ちる)次の日本語を高原語に訳しましょう。 「目付殿に、この荷をお量りいただきたく存じます。」
aubandénde ausenár fáron só.
目上の人への依頼なので、願いの形の3人称(-énd-e)を使い、相手は「あなた」ではなく ausenár と役職名で呼びます。fáron は重性なので、「この」は só です。
次の高原語を日本語に訳しましょう。
dumbándim tambór aurólmarei.
「年長の方のために、雑穀を量らせていただきます。」
dumbándim は du- + vánd- + 1人称単数 -im で、自分の行いを低めています。aurólmarei は au- + ólmar の与格です。
次の文はどちらも、目上の書記に向けた言い方としておかしなところがあります。直しましょう。
aulísim sáindaran aulisárei.(書記の方に証文を書いて差し上げます、のつもり)lís sáindaran!(書記の方に証文を頼むつもり)dulísim sáindaran aulisárei. 自分の行いには au- ではなく du- をつけます。aulísim だと「私がお書きになる」と、自分を持ち上げてしまいます。aulisénde aulisár sáindaran. 目上の人に命令の形は使いません。相手を役職名の3人称で呼び、願いの形で言います。次の日本語を高原語に訳しましょう。 「書記の方は、もう証文をお書き終えになったのでしょうか。」
auleiséla dóulin aulisár sáindaran?
目上の人には ké を使わず、推量の形 -él- で尋ねます。「書き終えた」は完了の語根 léis- で、強勢が -él- に移るので leis と書きます。「もう」の dóulin は動詞のすぐ後ろに置きます。
発音の練習です。次の語で、強勢のある音節はどこでしょう。また、au-・du- はどう発音されるでしょう。
aulisénde、dulísim、aulisár、aumárou、aurólmar
aulisénde:au-li-sén-dedulísim:du-lí-simaulisár:au-li-sáraumárou:au-má-rouaurólmar:au-ról-marau-・du- には強勢がなく、次の音節に寄りかかって弱く短く発音されます。強勢の位置はもとの語と同じか、-énd- のような接尾辞に移るかのどちらかで、接頭辞がついても変わりません。
この言語が話されている高原の王国では、敬意はすべて「高さ」で表されます。この課で学んだ au-(昇る)と du-(下る)は、その考え方が文法の形にまで入りこんだものです。
頭の高さ
目上の人の前では、相手より頭を低くします。身をかがめる snéim- は、礼のいちばん基本のしぐさです。目上の人より高い場所に立ったり座ったりしてはいけません。人をまたぐのは、その人の上に立つことになるので、強い無礼とされます。坂道でも、上るときは目上の人が先に、下るときは目下の人が先に歩きます。どちらの場合も、目上の人がいつも上にいる並びになるわけです。
座の高さ
家の中心は炉で、炉の北側(上手)に一段高い座があります。そこに座るのは家の主 houmár と年長者 ólmar です。北へ行くほど土地が高くなる国なので、「北」と「上」はほとんど同じ意味になります。宮廷でも同じで、王は名前で呼ばれず、座っている場所の高さで aldár áuren「高き座」と言い表されます。左は ormár「日の出の手」と呼ばれ、日の出が「昇る」ことの代表なので、左が右より尊い側とされます。
言葉の高さ
言葉は息で、息は上へ昇るものだと信じられています。目上の人の行いを au- で高め、自分の行いを du- で低めるのは、言葉の上で頭を下げることにあたります。改まった場では、命令の代わりに願いの形を、まっすぐな問いの代わりに推し量りの形を使います。手紙や記録でも、目上の人の名前や王に触れる語は、行より少し高い位置に書く「上げ書き」という習わしがあります。
縁の市の取引言葉では、こうした高める形・低める形がほとんど落ちてしまいます。都の人が市の言葉を「半ば沈んだ言葉」と呼ぶのは、言葉から「高さ」が抜け落ちているからなのです。
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