量ってくれ、頼む――命令と市の言葉

この課では、人に何かをさせる言い方を三つ学びます。

  1. 命令:自分より身分の低い相手に「〜しろ」と言う形です。一人に言うときは動詞の語幹をそのまま使い(sén!「見ろ」)、二人なら -áu、三人以上なら -ir をつけます。
  2. 市の言葉:崖の麓の縁の市で使われる、名詞を格変化させない、短い頼み方です(ván fáron, ende.「荷を量ってくれ、頼む」)。
  3. 禁止:mé を前に置いて「〜するな」と言います(mé vír sélvanan nébroi!「霧の中でセルヴァンの名を呼ぶな」)。

この言葉が話されている土地では、乾風期になると崖の下に市が立ちます。高原の商人や運び人、干潟から来た縁商人が行き交い、荷を量り、数え、帳簿に書き、印を押します。せわしない市では長い敬語を使っている暇はありません。そのため、高原語でいちばん短い動詞の形である「むき出しの語幹」が飛び交います。この課を終えるころには、市で品物を量ってもらい、値段を尋ね、「高すぎる!」と言い返せるようになります。

新出語

kéndor[ˈkendor]市市。とくに崖の麓の縁の市を指します。
rímb-[ˈrimb]数える数える。一人への命令は mb が m になって rím! です。星や目上の人には使いません。
símbo[ˈsimbo]印印。重性なので「〜を」の形も símbo のままです。「印を押す」は léim-「置く」を使って léim símbo と言います。
prámbo[ˈprambo]値値。塩の重さで量るので重性です。
salván[salˈvan]〜すぎる〜すぎる。もとは「秤の外で」という市の言い方です。改まった場では使いません。
nés[ˈnes]いや・ない市の言葉の「いや」「ない」。都では使いません。
pómbar[ˈpombar]いくついくつ。市では pómbar prámbo? で「いくら?」です。
pelsó[pelˈso]樹脂樹脂。脂の木(pélsa)からとれる下ろし荷です。
méldo[ˈmeldo]蜜蜜。森の蜂の巣からとれます。
kéira[ˈkeira]蝋燭蝋燭。宮廷の明かりで、市でも売られます。
dulfáron[dulˈfaron]下ろし荷下ろし荷(高原から崖の下へ下ろす荷)。
aurfáron[aurˈfaron]上げ荷上げ荷(崖の下から上がってくる荷。塩や紫など)。
orenvandár[orenvanˈdar]縁商人縁商人。干潟の人で、高原語も話し、市の仲立ちをします。
faronár[faroˈnar]運び人運び人。崖道で荷を担ぐ人々です。
rainíþ-[raiˈniθ]教える教える。一人への命令は þ が s になって rainís! です。
ombér-[omˈber]指さす指さす。星を指さすのは禁忌なので、mé ombér ilánais!「星を指さすな」は子どもが最初に教わる禁止の一つです。
povér-[poˈver]問う問う。尋ねる相手は「〜に」の形で言います。決まり文句の povér vándoi!「秤に問え」で使います。
térin[ˈterin]そのようにそのように。決まり文句の térin lísen「書いたとおりに」で使います。

1. 一人への命令:語幹そのまま

規則:一人の相手に「〜しろ」と言うときは、動詞の語幹に何もつけずに使います。これを「むき出しの語幹」と呼びます。

動詞 意味 一人への命令
sén- 見る sén! 見ろ
lís- 書く lís! 書け
tór- 来る tór! 来い
vír- 言う vír! 言え
léim- 置く léim! 置け

例:sén plánan sé!「この帳簿を見ろ」

注意:命令でも語順は変わりません。動詞が先、目的語が後ろです。主語の「お前」はふつう言いません。目的語には、ふだんどおり「〜を」の語尾がつきます(plánan)。

2. 語幹の終わりが変わる動詞

規則:高原語では、語の最後に置けない子音のつながりがあります。むき出しの語幹では語幹がそのまま語末に来るので、こうしたつながりは削られます。

語幹の終わり 変わり方 例
nd n vánd- 量る → ván! 量れ
mb m rímb- 数える → rím! 数えろ
þ s rainíþ- 教える → rainís! 教えろ

例:ván fáron!「荷を量れ」、rainís virán sé!「この言葉を教えろ」

注意:変わるのは、語幹が語末に来る一人への命令の形だけです。次の節の -áu・-ir がつく形では、語幹は元のままです(vandáu、vándir)。

3. 二人へ、三人以上へ:-áu と -ir

規則:相手の数によって、命令の形が三つに分かれます。

相手 語尾 lís- 書く vánd- 量る rímb- 数える
一人 なし lís! ván! rím!
二人 -áu(強勢あり) lisáu! vandáu! rimbáu!
三人以上 -ir(強勢なし) lísir! vándir! rímbir!

例:lisáu sáindaran!「(二人で)証文を書け」、vándir fáron!「(みんなで)荷を量れ」

注意:強勢だけで区別される対 二人への命令 lisáu と、第8課で習った「二人が書く」の lísau は、綴りがまったく同じです。違うのは強勢の位置だけです。

形 強勢 意味
lísau li に 二人が書く(言い切り)
lisáu sau に 二人で書け(命令)

日本語話者は強勢を「高さ」として聞きやすいので、この違いに気づきにくいものです。命令の -áu は、最後の「アウ」を強く、少し長めに言うと覚えましょう。

4. 命令を使ってよい相手

規則:命令の形を使えるのは、原則として自分より身分の低い相手に対してだけです。同じ身分の相手には、友人であっても、第11課で学ぶ願いの形の2人称で頼みます。

相手 「この帳簿を見て」
目下の相手 sén plánan sé!(この課の命令)
同じ身分の相手 命令の形は使わない(願いの形の2人称 senéndes plánan sé.。第11課)
目上の相手 命令の形は使わない(相手を役職名で3人称にし、願いの形の3人称で頼む。のちの課で学びます)

注意:目上の人に命令の形を使うのは、ひどい無礼です。この土地では敬意を「高さ」で表すので、命令は相手を自分より下に置く言い方になるからです。ただし、次の節で学ぶ市の言葉だけは別です。

5. 市の言葉:むき出しの語幹+ende

規則:縁の市では、名詞を格変化させず主格(辞書の見出しの形)のまま使い、動詞はむき出しの語幹で使います。最後に ende「どうぞ・頼む」を添えて、頼みごとにします。

ふつうの命令 市の言葉 意味
sén plánan sé! sén plána, ende. 帳簿を見てくれ
ván fáron! ván fáron, ende. 荷を量ってくれ
rím kéiran! rím kéira, ende. 蝋燭を数えてくれ

見分け方:形の違いは、まわりの語に出ます。

なぜ失礼にならないのか:市は、身分の「段」に乗らない場所とされています。そのため、むき出しの語幹で頼んでも、相手を見下したことにはなりません。それに、くだけた話し方では「彼が書く」の lísa も語末の母音が落ちて lís になります。市で使うむき出しの語幹は、「命令」の意味をもたない、取引言葉の動詞の基本形です。主語を言わなければ相手への頼み(ván fáron, ende.)、主語の代名詞を言えばふつうの言い切り(ván ném.「私が量る」)になります。取引言葉では語順を「動詞・主語・目的語」に固定し、主語の代名詞を必ず言います。

注意:ende は、もともと「〜しますように」という願いの形(3人称単数・軽性)の語尾 -énde が、一語として独り立ちしたものです。都の人の耳には、市の言葉は「半ば沈んだ言葉」に聞こえます。市の外で目上の人に ván fáron, ende. と言ってはいけません。

6. 禁止:mé + 命令の形

規則:「〜するな」と言うときは、命令の形の前に mé を置きます。

命令 禁止
vír sélvanan! セルヴァンの名を言え mé vír sélvanan nébroi! 霧の中でセルヴァンの名を呼ぶな
ombér ilánais! 星を指させ mé ombér ilánais! 星を指さすな
lísir! (皆で)書け mé lísir! (皆で)書くな

注意 1:mé は強く言う na(〜ない)は弱く、次の語に寄りかかって発音されます。いっぽう mé は、第5課の ké「〜か」と同じく強勢をもち、「メッ」と強く言います。

注意 2:na と mé の使い分け

小辞 使う文 例
na 事実を言う文(〜しない) na lísim. 私は書かない
mé 人に働きかける文(〜するな) mé lís! 書くな

命令の形に na をつけることはできません。

7. 市の決まり文句

縁の市でよく聞く言い回しを、まとめて覚えておきましょう。

決まり文句 意味・使いどころ
ván fáron, ende. 荷を量ってくれ
rím 〜, ende. 〜を数えてくれ
léim símbo, ende. 印を押してくれ(字義は「印を置け」)
pómbar prámbo? いくら?(改まった言い方を縮めたもの)
áuren salván! 高すぎる!(値切るときに)
nés. いや、だめだ
térin lísen. 書いたとおりに(証文の念押し)
povér vándoi! 秤に問え(言い争いをやめて、目付の秤で決めよう)

注意:

例文

sén plánan sé!

読み:セーン プラーナン セー!

sénplán-ansé
見る<命令法><あなたが>帳簿-<対格>この<軽性>

「この帳簿を見ろ。」

一人への命令。目的語の -an と指示詞 sé がついているので、市の言葉ではなく、目下の相手へのふつうの命令です。

lisáu sáindaran!

読み:リサウ サインダラン!

lis-áusáindar-an
書く-<二人で〜せよ>証文-<対格>

「(二人で)証文を書け。」

二人への命令。強勢は -áu にあります。lísau と言うと「二人が証文を書く」になります。

vándir fáron!

読み:ヴァンディル ファーロン!

vánd-irfáron
量る-<皆で〜せよ>荷<対格>

「(みんなで)荷を量れ。」

三人以上への命令。-ir がつくので、語幹の nd はそのまま残ります。

ván fáron, ende.

読み:ヴァーン ファーロン、エンデ。

vánfáronende
量る<命令法><あなたが>荷<対格>どうぞ

「荷を量ってくれ、頼む。」

縁の市の言葉。vánd- がむき出しの語幹になって ván になっています。

rím kéira, ende.

読み:リーン ケーラ、エンデ。

rímkéiraende
数える<命令法><あなたが>蝋燭どうぞ

「蝋燭を数えてくれ、頼む。」

市の言葉では、目的語でも名詞を主格の形 kéira のまま使います(ふつうは kéiran)。rímb- の mb は m になります。

léim símbo, ende.

読み:レーン シンボ、エンデ。

léimsímboende
置く<命令法><あなたが>印どうぞ

「印を押してくれ、頼む。」

高原語では、印は「置く」léim- で言います。

pómbar prámbo? áuren salván!

読み:ポンバル プランボ?アウレン サルヴァーン!

pómbarprámbo?áur-ensalván
いくつ値昇る-<〜した・〜された>すぎる

「「いくら?」「高すぎる!」」

二人の発話。どちらも市の言葉で、動詞を省いた短い言い方です。áuren は「昇った」から「高い」の意味になった分詞です。

rainís virán sé!

読み:ライニース ヴィラーン セー!

rainísvir-ánsé
教える<命令法><あなたが>言葉-<対格>この<軽性>

「この言葉を教えろ。」

rainíþ- の þ は、語末では s になります。

mé ombér ilánais!

読み:メー オンベール イラーナイス!

méombérilán-ais
<禁止・願いの打ち消し>指さす<命令法><あなたが>灯-<〜たちを>

「星を指さすな。」

禁止は「mé+命令の形」で言います。星を「星というもの」としてまとめて言うので、複数の ilánais を使います。

mé vír sélvanan nébroi!

読み:メー ヴィール セルヴァナン ネーブロイ!

mévírsélvan-annébr-oi
<禁止・願いの打ち消し>言う<命令法><あなたが>セルヴァン-<対格>霧-<与格>

「霧の中で、セルヴァンの名を呼ぶな。」

名前を vír-「言う」の目的語にすると、「名を呼ぶ」の意味になります。霧の中で名前を呼んではいけない、という禁忌の言い方です。

練習問題

  1. 次の日本語を高原語にしてください。相手の人数に合わせて、三通りに言い分けましょう。

    「この荷を見ろ。」 (1) 一人に (2) 二人に (3) 三人以上に

    解答

    (1) sén fáron só! (2) senáu fáron só! (3) sénir fáron só!

    fáron「荷」は重性なので、「この」は só です。「〜を」の形も fáron のままです。二人への -áu には強勢があるので、語幹の ´ は消えて senáu になります。

  2. 空欄に、一人への命令の形を入れてください。

    (1) vánd-「量る」 → ____ fáron! (2) rímb-「数える」 → ____ sáko, ende. (3) rainíþ-「教える」 → ____ virán sé!

    解答

    (1) ván(nd → n) (2) rím(mb → m) (3) rainís(þ → s)

    むき出しの語幹では語幹がそのまま語末に来るので、語末に置けない子音のつながりや þ が変わります。

  3. 次の高原語を日本語にしてください。

    (1) mé dúl du dálor! (2) rím sáko, ende. (3) nés. áuren salván!

    解答

    (1) 「下の国へ下りるな。」 mé+命令の形で禁止です。 (2) 「塩を数えてくれ、頼む。」 市の言葉です(実際には、塩は分銅で量るので ván sáko, ende. のほうが市らしい言い方です)。 (3) 「いや、高すぎる!」 nés も salván も市の言葉です。

  4. 次の命令を、縁の市の言葉に言い換えてください。

    (1) sén plánan sé! (2) lís sáindaran!

    解答

    (1) sén plána, ende. (2) lís sáindar, ende.

    市の言葉では「〜を」の語尾 -an と指示詞が落ち、最後に ende を添えます。動詞のむき出しの語幹はそのままです。

  5. 発音の問題です。次の二つの語は、綴りが同じで強勢の位置だけが違います。

    (a) lísau (b) lisáu

    (1) 「二人で書け!」と命令しているのはどちらですか。 (2) それぞれ、どの音節を強く言いますか。

    解答

    (1) (b) lisáu です。 (2) (a) lísau は最初の li を強く言い、「リーサウ」に近く聞こえます。意味は「二人が書く」です。(b) lisáu は最後の sau を強く言い、「リサウ!」に近く聞こえます。

    命令の -áu は、いつも強勢をもちます。

  6. 次の日本語を高原語にしてください。

    (1) 「星を数えるな。」 (2) 「(皆で)帳簿に書くな。」

    解答

    (1) mé rím ilánais! (2) mé lísir plánei!

    (1) 星を数えるのは禁忌なので、子どもへの戒めとしてよく使われる言い方です。星をまとめて言うので複数の ilánais を使います。 (2) 三人以上への禁止なので lísir を使います。「帳簿に」は与格の plánei です。どちらも mé を強く言いましょう。

コラム:縁の市――身分の階段に乗らない場所

この言葉が話されている高原の国では、人はみな十の「段」からなる身分の階段のどこかに立っています。話し方も、相手が自分より上か下かで細かく変わります。目上の人に「〜しろ」と言うなど、もってのほかです。

ところが、崖の麓の 縁の市(kéndor)だけは事情が違います。市が開くのは乾風期のあいだだけです。崖寄りの一段高い側に高原の店が、干潟寄りの低い側に干潟の店が並びます。高原の人々は狭くてもわざわざ高い側に立とうとしますが、商いの言葉そのものは、段を気にしない短いものになります。

市で飛び交う取引言葉では、敬語の語形がほとんど落ち、動詞はむき出しの語幹で使われます。運び人(faronár)は ván fáron, ende. と叫び、縁商人(orenvandár)は帳簿を差し出して sén plána, ende. と言います。どちらも、市の中では無礼になりません。ここは「段に乗らない場」だからです。

それでも、人によって話し方には違いがあります。秤と分銅を預かる 市の目付 は、改まった都の言葉しか話さず、むき出しの語幹を決して口にしません。都の大商家の手代は、運び人には短い語幹で話し、目付の前に出るとすぐに丁寧な願いの形に切り替えます。同じ市の中で、言葉の高さが人ごとに上がったり下がったりしているのです。

揉め事になると、誰かが povér vándoi!「秤に問え」と言い出します。言い争いをやめて、目付の秤で決めようという意味です。数の行き違いを防ぐために、証文には数を二通りに書いて térin lísen「書いたとおりに」と念を押します。そして霧が崖を這い上がってくる前に、掛けの精算をすべて済ませます。霧の中で結んだ約束は、祖先に届かない「霧の約束」として重んじられないからです。

都の人は、こうした市の言葉を「半ば沈んだ言葉」と呼んで眉をひそめます。けれども、崖をはさんだ二つの土地の荷と人が出会えるのは、この身分の階段から少しはみ出した短い言葉があるからなのです。

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